用語解説
1970(昭和45)年11月25日午前、日本刀を腰につけた作家の三島由紀夫「楯(たて)の会」会長と「楯の会」の制服姿の会員4人が、東京都新宿区市谷本村町、陸上自衛隊東部方面総監部を訪れ、益田兼利総監に面会を求めた。総監室に通された5人は持ってきた要求書を益田総監に渡しながら、益田総監をひもでしばり上げて総監室を占拠、隊員を集めるよう要求した。正午すぎに約1000人の隊員が集まると、三島は鉢巻きを締め、総監部のバルコニーから改憲などを訴える演説をした。その後、総監室に戻った三島は「楯の会」の森田必勝会員(早稲田大学学生)とともに割腹、死亡した。他の3人の会員が2人を介錯(かいしゃく)した
1970(昭和45)年11月25日、割腹自殺前、日本刀を持ってバルコニーに現れた三島由紀夫
三島由紀夫は1925(大正14年)年生まれ。学習院中等科時代から小説を書き、16歳で「花ざかりの森」を発表するなど早熟な才能を発揮した。1947(昭和22)年、東大法学部を卒業し大蔵省に入るが、翌年に退職。「仮面の告白」をはじめ、「潮騒」「金閣寺」「近代能楽集」「宴のあと」「豊饒の海」など秀作・話題作を次々と発表した。海外での翻訳も数多く、ノーベル文学賞候補ともいわれた。遺作「豊饒の海」の第4部「天人五衰」の巻末日付は、東京・市谷の自衛隊に乱入したのと同じ1970(昭和45)年11月25日だった。写真は、1964(昭和39)年5月、東京都内
衝撃!!三島由紀夫事件
東映ニュース591号より
映像提供 :テレビ朝日映像
用語解説
1972(昭和47)年2月2日、グアム島のジャングルから28年間ぶりに帰国した、横井庄一さん。羽田空港に到着し、歓迎の人たちに手を振って答えた=東京・羽田空港
横井さん奇跡の生還
東映ニュース653号より
映像提供 :テレビ朝日映像
用語解説
1975(昭和50)年12月20日、弁護団に囲まれながら、硬い表情で「第2次教科書訴訟」の控訴審判決公判に出廷した家永三郎氏。家永氏は教科書検定で、自ら執筆した高校用の教科書が不合格などとなったのをきっかけに教科書検定は違憲として、国に損害賠償を求める訴訟を計3度起こした=東京・東京地方裁判所玄関前