1991(平成3)年3月14日広島橋げた事故
広島市安佐南区の新交通システム工事現場で、重さ60トンの橋げたが落下、下の県道で信号待ちしていた乗用車11台を押しつぶし、ドライバーや作業員ら死者15人、重軽傷者8人を出した

落ちた橋げた(右上)の下敷きになり、ペシャンコになった車の列

1991年3月15日の朝日新聞朝刊一面[拡大して見る]
1991(平成3)年5月14日信楽鉄道衝突事故
滋賀県甲賀郡信楽町(当時)の信楽高原鉄道で、同鉄道に乗り入れているJR西日本の臨時快速列車「世界陶芸祭号」と信楽高原鉄道の普通列車が正面衝突し脱線した。信楽高原鉄道の運転士ら死者は42人、重軽傷者628人にのぼった

信楽高原鉄道線で正面衝突し、盛り上がったJRの臨時快速列車「世界陶芸祭号」と信楽高原鉄道の先頭列車

信楽高原鉄道の普通列車とJRの臨時快速列車「世界陶芸祭号」が、単線区間で正面衝突。現場は、見通しの悪い山間のカーブだった

1991年5月14日の朝日新聞夕刊一面[拡大して見る]
1994(平成6)年4月26日中華航空機墜落事故
台北発の中華航空エアバス機が名古屋空港で着陸に失敗して墜落、乗客・乗員264人が死亡、7人が負傷した

焼けだだれた同機を捜索する自衛隊員や消防署員ら

墜落炎上した中華航空機の機体から乗客を運び出す救助隊員ら

墜落炎上した中華航空機から乗客の救助活動が深夜まで続けられた

1994年4月27日の朝日新聞朝刊一面[拡大して見る]
2001(平成13)年2月10日(現地9日)えひめ丸衝突事故
米ハワイ・オアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高校の漁業実習船えひめ丸と米原潜グリーンビルが衝突。えひめ丸は沈没し、実習生13人を含む乗員35人のうち9人(実習生4人)が犠牲になった

沈没した実習船えひめ丸(宇和島水産高校提供)

2月10日(現地)、「えひめ丸」と衝突したロサンゼルス級攻撃型潜水艦「グリーンビル」

2月10日(現地)、時々言葉につまりながら沈没時の状況を説明する「えひめ丸」の大西尚生船長。奥は宇和島水産高校の堀田家孝校長=米ハワイ州ホノルル

2月13日(現地)、沈痛な表情で記者会見にのぞむ、えひめ丸の乗組員たち=米ハワイ州のホノルル

2月16日(現地)、公開された「えひめ丸」の漂流物=米ハワイ州・ホノルル

2001年2月10日の朝日新聞夕刊一面[拡大して見る]
2001(平成13)年9月1日歌舞伎町ビル火災
9月1日午前1時、東京・歌舞伎町の雑居ビル火災で44人が死亡した。この火災をめぐっては、何者かがビル3階の踊り場付近の可燃物に放火したとみて、警視庁新宿署の捜査本部が現住建造物等放火などの疑いで捜査を続けている
2005(平成17)年4月25日JR宝塚線脱線事故
兵庫県尼崎市のJR宝塚線を走行中の快速電車が、制限速度70キロを超える時速約115キロでカーブに進入して脱線。マンションに激突し、乗客と運転士の107人が死亡、562人が負傷した

脱線しマンションにぶつかった列車(本社ヘリから)

脱線し大破した列車

脱線した列車から救出され、線路脇で手当てを受ける乗客たち

乗客や現場近くに住む人たちが一緒になって、負傷した乗客たちの救助活動を行った

脱線し大破した列車で続く乗客の救出作業

列車がマンションに突っ込んだ現場では、夜になっても救助活動が続いた

4月25日、記者会見するJR西日本の幹部ら=大阪市北区

2005年4月26日の朝日新聞朝刊一面[拡大して見る]
1996(平成8)年7月15日0157集団食中毒
大阪府堺市の小学校で病原性大腸菌0157による集団食中毒が発生し、児童ら9千人以上が発症し、3人が亡くなった。学校給食が原因と疑われ、菅直人厚相(当時)による「カイワレダイコン原因説」の発表後、カイワレの価格が急落し、店頭から撤去される騒ぎになった。厚生省も98年発行の「食中毒事件録」で原因欄に「不明」と記した

1996年7月15日の朝日新聞夕刊一面[拡大して見る]

8月15日、病原性大腸菌0157による食中毒禍で、8月7日の厚生省の発表をきっかけに広まった「カイワレダイコン危険説」を打ち消すため、菅直人元厚相が、昼食にカイワレダイコンのサラダを食べて見せた
2002(平成)年1月雪印食品・偽装表示事件
牛海綿状脳症(BSE)対策の牛肉買い取り事業を悪用した雪印食品による詐欺事件の発覚がきっかけとなり、ほかの企業も牛肉や鶏肉などで不正表示をしていたことが次々と明らかになった。雪印食品は経営が悪化し、同年4月、会社を解散した

1月23日、牛肉すりかえ事件の記者会見で頭を下げる雪印食品の吉田升三元社長ら=東京都中央区日本橋茅場町2丁目の同社で

詰め替えを指示したとされる雪印食品関西ミートセンターが入る建物。2002年1月23日撮影

関西ミートセンターに散乱していたラベル。青森県で加工された製品のラベル(写真上)はアイロンを当ててはがされ、熊本県の加工工場が印刷したラベル(写真下)と同種のラベルに張り替えた。2002年1月28日撮影

2001年2月10日の朝日新聞夕刊一面[拡大して見る]