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長男失い「時が止まった」 他愛もない会話、かなわぬ願い―19歳犠牲者の父・軽井沢バス事故10年

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軽井沢バス事故で亡くなった長男陸人さんが使っていた財布を手にする大谷慶彦さん=11日、東京都内

軽井沢バス事故で亡くなった長男陸人さんが使っていた財布を手にする大谷慶彦さん=11日、東京都内

  • 軽井沢バス事故で亡くなった大谷陸人さん(家族提供)

 2016年に長野県軽井沢町で発生したスキーバス事故は、15日で発生から10年。3人きょうだいの長男で、「皆に慕われる存在だった」という東京農工大1年、陸人さん=当時(19)=を亡くした大谷慶彦さん(60)は「あの日から時は止まったまま」と語る。

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 大谷さんは当時、鹿児島県に単身赴任中だった。朝のテレビで事故の報道を見ていると、妻から「陸人が巻き込まれた」と電話が入った。急きょ現地に向かったが「どうやって移動したかあまり覚えていない」。突然突き付けられた現実を、受け止めきれなかった。

 現地で遺体と対面したが、不思議と涙が出なかった。「寝ているようにしか見えなかった。なぜここにいるのか理解できなかった」。葬儀までの約1週間、東京都内の自宅で陸人さんの遺体とともに過ごした。「眠ったままでご飯も食べに来ない。陸人はそこにいるのに、もういない」。ただ、その間も携帯電話の解約や葬儀の手配などの手続きは淡々と進めた。「どこかで理解したくないという気持ちがあり、事務的なことをこなすことで、現実逃避をしていたのかもしれない」

 「何にでも首を突っ込みたがるタイプだった」という陸人さんは、好奇心旺盛で、家族の中のさまざまな話題に関心を示した。勉強熱心で、大学院に進学したり、研究者になったりする将来も描いていた。中高一貫校時代には、友人と悪ふざけをして教師に注意されることもあった。そうした一面も含め、「誰からも好かれる子だった」という。

 事故後、陸人さん不在で囲む食卓には少し静けさが漂う。「もし会えたら、他愛もない普通の親子の会話がしたい」と、帰らぬ息子への思いを募らせる。

 この10年を「短かった。息子と過ごした19年間から先の時間は、存在しないようだった」と振り返る大谷さん。ただ、事故の裁判の傍聴は今も毎回、続けており、「その意味では非常に長い10年だった」と複雑な心境ものぞかせる。若い世代の中には事故を知らない人も増えているといい、「事故の記憶をつないで、交通安全につなげてほしい」と願う。

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