ワンオペ育児でも人として母として認めてくれた
――アシマさんとオシムさんはアマルさんを筆頭に3人のお子さんを育てられました。家庭ではどんなお父さんでしたか?
アシマ (正解すると)ランプ(の明かり)が増えたり減ったりするテレビのクイズ番組があるでしょう?あんな感じよ。サッカーの監督もチームの調子がよければ、監督の評価は上がるでしょ。悪ければ、評価も下がる。前もって予想ができないわけです。気分の波があった。
――家族が翻弄されていた?
アシマ そうそう(うなずく)。父親が一番家族の中で偉いっていうような価値観のもとで育った人だから。独裁的な父親ではなかったけれど、世代的にもね、少し保守的でした。そもそも監督時代は(遠征や合宿で)月の半分は彼が家にいない生活でした。子どもたちと一緒にいたのは私だから、父親の代わりもする時間がたくさんありました。
――子育てはワンオペだったのですね。オシムさんは欧州と日本で数々のクラブを強豪に育て上げ、旧ユーゴスラビア代表、日本代表も率いましたから、家庭に戻る時間はなかったでしょうね……。アシマさんにとってもハードな子育て期に、親として心がけていたことは何ですか?
アシマ そうねえ。本人に選ばせたりとか、尊重したりはしましたね。親として子どもが違う方向に行ってないかどうかの確認だけをして、後は子どもたちに自由を与えていました。私がエゴイストな人間でなかったのが良かったんでしょうね。夫が私を人としても母親としても力がある、と認めてくれていたのも大きかった。私に対しても、子どもたちにもたくさんの愛情を注いでくれました。
――ジェフがレアルマドリッドと日本で試合をした際、オシムさんがジダンにサインをもらいに行ったそうですね。
アシマ そうなの。娘もジダンのサインが欲しいと夫にねだったのですが、孫にだけね。なぜなら、ジダンははもう結婚してるからだって彼は言ってました。男と女として親密になってはいけないという判断ですね(笑)。
(通訳/千田善)
この世を去って1年が経とうとしている。2003年から2007年という短い時間ながら、日本サッカーの発展に多大な影響を与えたイビチャ・オシム(享年80)。ジェフユナイテッド市原・千葉をJリーグで優勝争いができるクラブにまで押し上げ、最後の2年弱は日本代表監督として過去に類を見ない躍動的なサッカーを見せてくれた。
そんなオシムから人知れず「もうひとつの言葉」を授かった人たちがいた。育成、普及、指導、教育、リーダーシップ研究、スポーツ医療…様々な分野でオシムのフィロソフィーを受け継ぐ11人の男たちの情熱と葛藤とは?
1)「オシムに会わなかったらサッカーをやめていた」ジェフのレジェンド・佐藤勇人が断言する理由
2)「猛練習でもケガ人が減少」オシムの選手の育て方管、チームドクターが見た奇跡
島沢優子さんがオシム氏の教えにも言及した連載記事はこちら↓
「巨人軍→東北高校野球部監督が直面した「小学生がスポーツをやらされている」危うさ」
笑えない…岸田首相の「異次元の親バカ」に滲む、問題を起こす「日本の親」の姿
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ジャーナリスト
島沢 優子
ジャーナリスト。筑波大卒。著書に『不登校から人生を拓く 4000組の親子に寄り添った相談員・池添素の「信じ抜く力」』 (講談社+α新書)『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)『オシムの遺産 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋)『部活があぶない』(講談社現代新書)など。子育てやスポーツ指導に関する講演やセミナーも多い。