2022年5月1日、80歳で天国へと旅立ったイビチャ・オシム氏。ジェフユナイテッド市原・千葉をJリーグで優勝争いのできるクラブに押し上げ、日本代表監督もつとめた。そんなオシム氏に出会って「人生が変わった」と語る人は多い。
ジャーナリストの島沢優子さんがオシム氏の命日に上梓したのが『オシムの遺産(レガシー)彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)だ。オシム氏の哲学を身近で感じ、人生が変わったという11人のエピソードが、オシムの言葉と共に綴られている。
本書の刊行を記念し、ジェフ・市原のレジェンドプレーヤーとなり、現在ジェフのCUOをつとめながらサッカーの育成に尽力している佐藤勇人氏のエピソードを再編集の上抜粋紹介する。
平和が続くとは限らない
青々とした空の下に、鮮やかな緑色のフィールドが広がっている。スタンドからは、キックオフを待つ人々のざわめきが聴こえる。試合のテレビ解説者である佐藤勇人にとって見慣れた風景だ。ただひとつ、いつもと圧倒的に違うのは、イビチャ・オシムがこの世にいないことだった。
「オシムさんが亡くなられましたが……」
実況アナウンサーの質問に、ごく自然に答えていた。
「オシムさんからこんな言葉をかけられました。それでも人生は続くぞと。その言葉が今、すごく響いています」
声が上ずっているのが自分でもわかった。感極まったアナウンサーの震える肩が見えた。
オシムが亡くなったのは2022年5月1日。その事実を、勇人は関係者によるSNSの投稿で知る。電車の中で涙が止まらなかった。その2日後には解説の仕事が入っていた。
「こんな気持ちのまましゃべれるのかなと不安でした。でも、自分はフットボールに関わる人間としてこの試合をしっかりと視聴者の方に伝える責任がある。そう思いました」
試合で結果が出ないとき。練習が上手くいかないとき。オシムは時に激しい口調で、時に静かに諭すように言った。
「それでも、人生は続くんだぞ」
試合後のミーティングでも、練習中のピッチの上でも、「人生」という言葉を何度も口にした。
「平和が続くとは限らない。人生でも、サッカーでも、思いがけずいろんなことが起きる。けれど、どんな状況でも、サッカーは続けていかなくちゃいけない。試合を途中で投げ出すわけにはいかない。だからこそ、どう対応するかをしっかり準備しなくちゃいけない。考えなくてはいけない」
そんなふうに話したという。
「だからサッカーは人生と同じなんだ」