ものづくりの「静かな危機」
第1章:静かに進む「試作の消失」という構造的危機
日本の製造業はいま、外からは見えにくいが、内側から確実に進行している危機に直面している。その正体は、試作を担ってきたものづくり中小企業の衰退である。
この問題は、新聞の見出しになりにくい。倒産件数が急増しているわけでもなければ、象徴的な巨大工場が閉鎖されるわけでもない。むしろ、熟練者が一人現場を離れ、受けられる仕事が少しずつ減り、次の世代が入らないまま、工場や作業場が「音もなく縮小していく」ことで進行する。そのため、社会全体として危機が共有されにくく、問題が可視化されたときには、すでに後戻りが難しい段階に入っていることが少なくない。
しかし、試作という工程が日本の製造業において果たしてきた役割を冷静に振り返ると、この問題が単なる中小企業の経営課題ではないことは明らかになる。試作とは、設計図という抽象的な情報を、現実のモノへと変換する工程であり、単に「形にする」作業ではない。実際には、失敗を繰り返しながら、品質、量産性、コスト、さらには安全性までを同時に磨き込んでいく、日本の製造業にとっての中核的な学習プロセスであった。
「メイド・イン・ジャパン」を支えてきたもの
日本製品が長年にわたって「高品質」「高信頼」と評価されてきた背景には、この試作段階での徹底した作り込みがあった。設計段階では見えなかった問題点を現場で洗い出し、量産に入る前に潰し込む。その地道な積み重ねこそが、日本の製造業の競争力を支えてきたのである。
そして、その試作を現場で実際に担ってきたのが、旋盤、フライス、プレス、鋳造、熱処理といった汎用的基盤加工技術を持つ中小企業群である。製品に社名が刻まれることはほとんどなく、経営者や技術者が脚光を浴びることも少ない。しかし、大手メーカーの開発力や量産力は、こうした企業の存在なくしては成立しなかったと言ってよい。
ところが今、その基盤が確実に痩せ細っている。後継者不在、技能継承の断絶、収益性の低下といった要因が重なり、試作という「産業の下層インフラ」が静かに崩れ始めている。この流れを放置すれば、日本の製造業は「作ることはできるが、進化できない」産業へと変質していくことになる。
問題はすでに将来の話ではない。試作の消失は、開発スピードの低下や品質問題として、徐々に表面化し始めている。いま問われているのは、この変化を「避けられない構造変化」として受け入れるのか、それとも日本の製造業の根幹に関わる問題として正面から向き合うのか、という選択である。
