天明2年 (みずのえとら 壬寅)
年(年号) |
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| ●1764年 (明和元年) | ■江戸大火 |
| ●1772年 (安永元年) | ■目黒行人坂火事 |
| ●1783年 (天明3年) | ■浅間山噴火 |
| ●1789年 (寛政元年) | ■棄捐令 |
| ●1790年 (寛政2年) | ■石川島に人足寄場を設置 |
| ●1791年 (寛政3年) | ■江戸市中銭湯の男女混浴を禁止 |
| ●1797年 (寛政9年) | ■湯島聖堂を昌平坂学問所と改称 |
1782年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/19 15:31 UTC 版)
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 |
| 年: | 1779年 1780年 1781年 1782年 1783年 1784年 1785年 |
1782年(1782 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、火曜日から始まる平年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 3月27日 - イギリスで対米強硬派のノース内閣が倒れ、第2代ロッキンガム侯爵内閣(ホイッグ党政権)が成立。アメリカ独立戦争の終結に向けて動き出す[1]。
- 4月6日 - タイ王国でクーデターによりトンブリー朝のタークシン王が廃され、ラーマ1世が即位してチャクリー王朝(バンコク朝)が成立。翌朝にバンコクへの遷都を決定する[2]。
- 6月20日 - 米国の大陸会議が、白頭鷲をあしらった表国章(グレート・シール)のデザインを正式に採択し、使用を開始する。
- 7月1日 - ロッキンガム首相が在職のまま死去。第2代シェルバーン伯爵内閣が成立( - 1783年)。
- 秋頃(天明2年) - 悪天候や浅間山の噴火予兆が重なり、日本全国で大凶作が発生。近世日本最大の惨事とされる天明の大飢饉が本格化し、餓死者や打ちこわしが激増する( - 1787年)[3]。
誕生
- 1月18日 - ダニエル・ウェブスター[4]、米国の政治家、外交官(+ 1852年)
- 1月29日 - ダニエル=フランソワ=エスプリ・オベール[5]、フランスの作曲家(+ 1871年)
- 3月4日 - ヨハン・ルドルフ・ウィース[6]、スイスの児童文学者(+ 1830年)
- 3月18日 - ジョン・カルフーン[7]、第7代アメリカ合衆国副大統領(+ 1850年)
- 3月19日 - ヴィルヘルム・フォン・ビーラ[8]、オーストリアの天文学者(+ 1856年)
- 3月21日(天明2年2月8日) - 熊谷直好[9]、歌人(+ 1862年)
- 4月21日 - フリードリヒ・フレーベル[10]、ドイツの教育者。世界初の幼稚園を創設(+ 1852年)
- 5月16日 - ジョン・セル・コットマン[11]、イギリスの画家(+ 1842年)
- 5月22日(天明2年4月11日) - 広瀬淡窓[12]、儒学者。豊後に私塾「咸宜園」を開塾(+ 1856年)
- 5月22日(天明2年4月11日) - 伊地知季安[13]、薩摩藩の記録奉行(+ 1867年)
- 6月19日 - フェリシテ・ド・ラムネー[14][15]、フランスのキリスト教社会主義思想家(+ 1854年)
- 7月5日(天明2年5月25日) - 会沢正志斎[16]、水戸藩士、儒学者。尊王攘夷論を体系化した『新論』を著す(+ 1863年)
- 7月19日(天明2年6月10日) - 飯沼慾斎[17]、医師、植物学者(+ 1865年)
- 7月26日 - ジョン・フィールド[18]、アイルランドのピアニスト、作曲家。ノクターンの創始者(+ 1837年)
- 9月16日(乾隆47年8月10日) - 道光帝[19]、清の第8代皇帝。アヘン戦争時の皇帝(+ 1850年)
- 9月25日 - チャールズ・ロバート・マチューリン[20]、アイルランドの小説家、劇作家(+ 1824年)
- 10月9日 - ルイス・カス[21]、アメリカ合衆国国務長官(+ 1866年)
- 10月27日 - ニコロ・パガニーニ[22]、イタリアのヴァイオリニスト、作曲家(+ 1840年)
- 11月1日 - フレデリック・ロビンソン (初代ゴドリッチ子爵)[23]、イギリス首相(+ 1859年)
- 11月13日 - エサイアス・テングネール[24][25]、スウェーデンの詩人(+ 1846年)
- 12月5日 - マーティン・ヴァン・ビューレン[26]、第8代アメリカ合衆国大統領(+ 1862年)
- 月日不詳 - 岡田半江[27]、南画家(+ 1846年)
- 月日不詳 - 長谷川寛[28]、数学者(+ 1839年)
- 月日不詳 - 播隆[29]、修験道の山岳行者。槍ヶ岳初登頂者(+ 1840年)
死去
- 1月1日 - ヨハン・クリスティアン・バッハ[30]、ドイツの作曲家。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの末子(* 1735年)
- 1月4日 - アンジュ=ジャック・ガブリエル[31]、フランスの建築家。コンコルド広場や小トリアノン宮殿を設計(* 1698年)
- 1月18日 - ジョン・プリングル[32]、スコットランドの医師、王立協会会長。近代軍医衛生学の祖(* 1707年)
- 3月17日 - ダニエル・ベルヌーイ[33]、スイスの数学者、物理学者(* 1700年)
- 4月6日 - タークシン[34]、タイのトンブリー朝国王。一代でビルマ軍を駆逐しタイを再統一(* 1734年)
- 4月12日 - ピエトロ・メタスタージオ[35]、イタリアの劇作家。オペラ・セリアの台本作家(* 1698年)
- 4月19日(天明2年3月7日) - 三井親和[36]、書家(* 1700年)
- 4月20日(天明2年3月8日) - 建部清庵[37][38]、医師(* 1712年)
- 5月5日(天明2年3月23日) - 楫取魚彦[39]、国学者、歌人(* 1723年)
- 5月8日 - ポンバル侯爵セバスティアン・デ・カルヴァーリョ[40]、ポルトガルの政治家(* 1699年)
- 5月11日(天明2年3月29日) - 片山兼山[41]、儒学者。折衷学派(* 1730年)
- 5月14日(天明2年4月3日) - 後藤芝山[42]、儒学者。高松藩校の総裁(* 1721年)
- 5月21日(天明2年4月10日) - 坂東三津五郎 (初代)[43]、歌舞伎俳優(* 1745年)
- 7月1日 - ロッキンガム侯チャールズ・ワトソン=ウェントワース[44]、イギリスの首相(* 1730年)
- 9月6日 - マーサ・ジェファーソン[45]、トーマス・ジェファーソンの妻(* 1748年)
- 9月16日 - ファリネッリ[46]、イタリアのソプラノカストラート歌手(* 1705年)
脚注
出典
- ↑ 『ロッキンガム』 - コトバンク
- ↑ 『バンコク朝』 - コトバンク
- ↑ 児玉幸多 (2024-04). 日本史年表・地図. 吉川弘文館. p. 125. ISBN 978-4-642-09562-4
- ↑ 『ウェブスター』 - コトバンク
- ↑ 『オーベール』 - コトバンク
- ↑ 『ウィース』 - コトバンク
- ↑ 『カルフーン』 - コトバンク
- ↑ Wilhelm-Freiherr-von-Biela - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『熊谷直好』 - コトバンク
- ↑ 『フレーベル』 - コトバンク
- ↑ 『コットマン』 - コトバンク
- ↑ 『広瀬淡窓』 - コトバンク
- ↑ 『伊地知季安』 - コトバンク
- ↑ 『ラムネ』 - コトバンク
- ↑ 『ラムネー』 - コトバンク
- ↑ 『会沢正志斎』 - コトバンク
- ↑ 『飯沼慾斎』 - コトバンク
- ↑ 『フィールド』 - コトバンク
- ↑ 『道光帝』 - コトバンク
- ↑ 『マチューリン』 - コトバンク
- ↑ Lewis-Cass - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『パガニーニ』 - コトバンク
- ↑ Frederick-John-Robinson-1st-Earl-of-Ripon - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『テグネール』 - コトバンク
- ↑ 『テグネル』 - コトバンク
- ↑ 『バンビューレン』 - コトバンク
- ↑ 『岡田半江』 - コトバンク
- ↑ 『長谷川寛』 - コトバンク
- ↑ 『播隆』 - コトバンク
- ↑ 『バッハ』 - コトバンク
- ↑ 『ガブリエル』 - コトバンク
- ↑ Sir-John-Pringle-1st-Baronet - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ベルヌーイ』 - コトバンク
- ↑ 『タークシン』 - コトバンク
- ↑ 『メタスタージオ』 - コトバンク
- ↑ 『三井親和』 - コトバンク
- ↑ 『建部清庵』 - コトバンク
- ↑ 『建部清菴』 - コトバンク
- ↑ 『楫取魚彦』 - コトバンク
- ↑ Marquis-de-Pombal - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『片山兼山』 - コトバンク
- ↑ 『後藤芝山』 - コトバンク
- ↑ 『坂東三津五郎』 - コトバンク
- ↑ 『ロッキンガム』 - コトバンク
- ↑ Martha-Jefferson - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ファリネリ』 - コトバンク
関連項目
1782年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/04 02:56 UTC 版)
「フリードリッヒ・シラーの詩」の記事における「1782年」の解説
1月『群盗』をマンハイムで初演。作家として認められた。しかし文芸作品執筆を禁止され、軍医をしていたシュトゥットガルトから9月に逃亡。
※この「1782年」の解説は、「フリードリッヒ・シラーの詩」の解説の一部です。
「1782年」を含む「フリードリッヒ・シラーの詩」の記事については、「フリードリッヒ・シラーの詩」の概要を参照ください。
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