天明元年 (かのとうし 辛丑)
年(年号) |
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| ●1764年 (明和元年) | ■江戸大火 |
| ●1772年 (安永元年) | ■目黒行人坂火事 |
| ●1783年 (天明3年) | ■浅間山噴火 |
| ●1789年 (寛政元年) | ■棄捐令 |
| ●1790年 (寛政2年) | ■石川島に人足寄場を設置 |
| ●1791年 (寛政3年) | ■江戸市中銭湯の男女混浴を禁止 |
| ●1797年 (寛政9年) | ■湯島聖堂を昌平坂学問所と改称 |
1781年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/05/09 02:20 UTC 版)
| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1760年代 1770年代 1780年代 1790年代 1800年代 |
| 年: | 1778年 1779年 1780年 1781年 1782年 1783年 1784年 |
1781年(1781 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、月曜日から始まる平年。
他の紀年法
カレンダー
できごと
- 3月13日 - ウィリアム・ハーシェルにより天王星が発見される。
- 3月16日 - アメリカ独立戦争: ヘンリー岬の海戦行われる。
- 4月25日(安永10年4月2日) -光格天皇の即位に伴い、安永より天明に改元。
- 9月28日 - アメリカ独立戦争: アメリカ・フランス軍がヨークタウンのイギリス軍を包囲。ヨークタウンの戦いが始まる。
- 10月19日 - アメリカ独立戦争: イギリス軍が降伏。ヨークタウンの戦いが終わる。
- 12月12日 - アメリカ独立戦争: ウェサン島の海戦 (1781年)
- イマヌエル・カント、『純粋理性批判』第一版出版。
- 中国最大の漢籍叢書である四庫全書が完成。
- 武田薬品工業株式会社(当初の近江屋長兵衛)が創業。
誕生
- 1月21日(安永9年12月27日)- 頼山陽[1]、歴史家、思想家、漢詩人(+ 1832年)
- 1月22日 - フランソワ・アントワーヌ・アブネック[2]、フランスの音楽家(+ 1849年)
- 1月26日 - アヒム・フォン・アルニム[3]、ドイツの詩人、小説家、劇作家(+ 1831年)
- 1月30日 - アーデルベルト・フォン・シャミッソー[4]、ドイツの詩人、植物学者(+ 1838年)
- 2月17日 - ルネ・ラエンネック[5]、フランスの医師、聴診器の発明者(+ 1826年)
- 3月13日 - カルル・フリードリッヒ・シンケル[6]、ドイツの建築家(+ 1841年)
- 5月1日(天明元年4月8日)- 橘守部[7]、国学者、歌人(+ 1849年)
- 5月7日(天明元年4月14日)- 篠崎小竹[8]、儒学者(+ 1851年)
- 6月9日 - ジョージ・スチーブンソン[9][10]、イギリスの技術者(+ 1848年)
- 6月21日 - シメオン・ドニ・ポアソン[11]、フランスの数学者、物理学者(+ 1840年)
- 7月6日 - トーマス・ラッフルズ[12]、イギリスのシンガポール植民地創設者(+ 1826年)
- 9月3日 - ウジェーヌ・ド・ボアルネ[13]、フランスの軍人、イタリア副王(+ 1824年)
- 10月5日 - ベルナルト・ボルツァーノ[14]、チェコの哲学者、数学者(+ 1848年)
- 10月17日 - ヨハン・フリードリヒ・メッケル[15]、ドイツの医学者(+ 1833年)
- 11月29日 - アンドレス・ベーリョ[16][17][18]、ベネズエラ生まれのチリ教育者、思想家、法学者(+ 1865年)
- 12月11日 - ディヴィッド・ブリュースター[19]、スコットランドの光学者(+ 1868年)
- 月日不詳 - 山県太華[20]、儒学者(+ 1866年)
死去
人物
- 1月30日(安永10年1月7日)- 曾我蕭白[21]、絵師(* 1730年)
- 2月1日(安永10年1月9日) - 湯浅常山[22]、儒学者、備前国岡山藩士(* 1708年)
- 2月15日 - ゴットホルト・エフライム・レッシング[23]、ドイツの劇作家、批評家、啓蒙思想家(* 1729年)
- 2月23日(天明元年2月1日)- 常磐津文字太夫[24]、常磐津節の創始者(* 1709年)
- 3月18日 - ジャック・テュルゴー[25]、フランス財務総監・重農主義者(* 1727年)
- 5月14日 - アブラム・ガンニバル、エチオピア出身とされるロシア帝国将軍、詩人プーシキンの曽祖父(* 1696年?)
- 5月18日 - ホセ・ガブリエル・コンドルカンキ[26]、トゥパク・アマル2世とも、ペルーの政治家・反乱指導者(* 1742年)
- 9月19日 - トバイアス・フルノー[27]、イギリスの航海者・海軍将校(* 1735年)
人物以外(動物など)
脚注
注釈
出典
- ↑ 『頼山陽』 - コトバンク
- ↑ Francois-Antoine-Habeneck - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『アルニム』 - コトバンク
- ↑ 『シャミッソー』 - コトバンク
- ↑ 『ラエネク』 - コトバンク
- ↑ 『シンケル』 - コトバンク
- ↑ 『橘守部』 - コトバンク
- ↑ 『篠崎小竹』 - コトバンク
- ↑ 『スチーブンソン』 - コトバンク
- ↑ 『スティーブンソン』 - コトバンク
- ↑ 『ポアソン』 - コトバンク
- ↑ 『ラッフルズ』 - コトバンク
- ↑ Eugene-de-Beauharnais - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ボルツァーノ』 - コトバンク
- ↑ Johann-Friedrich-Meckel - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『ベーリョ』 - コトバンク
- ↑ 『ベージョ』 - コトバンク
- ↑ 『ベリョ』 - コトバンク
- ↑ 『ブルースター』 - コトバンク
- ↑ 『山県太華』 - コトバンク
- ↑ 『曾我蕭白』 - コトバンク
- ↑ 『湯浅常山』 - コトバンク
- ↑ 『レッシング』 - コトバンク
- ↑ 『常磐津文字太夫』 - コトバンク
- ↑ 『チュルゴー』 - コトバンク
- ↑ 『トゥパックアマルー』 - コトバンク
- ↑ Tobias-Furneaux - ブリタニカ百科事典
関連項目
1781年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/28 18:13 UTC 版)
ジャック=ルイ・ダヴィッドは、1780年のローマ留学から帰国し、『施しを受けるベリサリウス』でアカデミー準会員になって、1781年のサロンにこれを出展した。この作品は、「フランスで真に新古典主義と呼べる最初の大作」だと賞賛された。メナジョの『レオナルドの死』は、第3回奨励制作による作品であり、レオナルド・ダ・ヴィンチを庇護したフランソワ1世を称揚するものである。 ジャック=ルイ・ダヴィッド『施しを受けるベリサリウス』1781年。油彩、キャンバス、288 × 312 cm。リール宮殿美術館。 フランソワ=ギヨーム・メナジョ(英語版)『レオナルドの死』1781年。油彩、キャンバス、278 × 357 cm。アンボワーズ市庁舎。
※この「1781年」の解説は、「サロン・ド・パリ」の解説の一部です。
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「1781年」の例文・使い方・用例・文例
- 1781年にコーンワリス率いる英軍は米仏軍に3週間包囲された後、投降した
- 1781年に最初の13の国によって批准された契約書
- 天王星は1781年にウィリアム・ハーシェルによって発見された
- ドイツの劇作家で啓蒙運動の指導者(1729年−1781年)
- 米国の建築家で、ワシントンD.C.の大統領に任命された建築家(1781年−1855年)
- 英国植民地の行政官で、シンガポールを創立した(1781年−1826年)
- 英国の鉄道の先駆者で、1825年に最初の旅客列車を製造した(1781年−1848年)
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