〈住人プロフィール〉
56歳(自営業・女性)
戸建て・3LDK+3S・中央線 吉祥寺駅・武蔵野市
入居17年・築年数39年・夫(会社員・54歳)、次男(20歳)、三男(20歳)との4人暮らし
短大卒業後、商社で部長秘書として働き、28歳で結婚。女性誌の読者モニターをきっかけにフリーライターになる。
「書くことは好きなんですが、実用記事や著名人インタビューなど、なんでも屋のようにこなしていると消耗度が激しく、キャリアを積み上げていける専門分野を持とうと考えるようになりました」
それがマネーだった。
もともと記録魔である。家計簿や日記、家事やマネープランについて記した、誰に見せるでもないノートが段ボールいっぱいに溜(た)まっている。
まずは長男妊娠中にファイナンシャルプランナーを取得。マネー分野を書いていきたい旨を周囲に表明することから始めた。
ところが、こちらも次第に疑問が膨らんでゆく。
「お金の専門であれば私でなくても書ける仕事ばかりで、これを続けていて意味があるのかなと……」
その後、北海道への夫の転勤を機に、休職。
双子の次男、三男の出産を経て、東京に戻ったのは39歳である。
実家のある吉祥寺で、古い戸建てを購入した。屋根裏のロフトなど、3LDKのほかに納戸が三つある。駅からは少々遠いが、男児3人を抱えた身には魅力的な物件だった。
以来、流し台、風呂場、洗面所、外壁など小さなリフォームを繰り返してきた。
「家に手を入れるのは好きで、一度リフォームはやりだすときりない。まだまだ途中です」
仕事は12年間ほぼしていない。軸足を家庭におき、双子の中学受験が終わるまで、育児と家事を優先した。
この歳月が、じつは彼女のその後の人生を支える大きな財産となった。
おひつのタガが教えてくれたこと
現在は、長男が就職して独立。双子は大学3年になった。ひとりはアメフト部で、ボリュームのある食事が欠かせない。
朝は家族4人の朝食をワンプレートで用意。
常備菜として、ひじきの煮物、トマトマリネ、鶏そぼろ、しらす、サラダチキン、野菜の梅酢あえ、蒸し豆、焼き芋はほぼ毎日作りおく。トマトは「いちいち料理のたびに切らなくてもすむように」。サラダチキンはチリソースであえたり、刻んでサラダに入れたり。甘辛い鶏そぼろは、ちょっとしたトッピングにも使えて便利だ。たんぱく質摂取のための蒸し豆は、大きな容器にひたし豆、大正金時、大豆の3種をあらかじめ混ぜて保存。圧力鍋で蒸しておき、煮物やひじき、サラダなど気軽に活用している。
焼き芋はおやつ代わりに。フルーツは子どもたちの大好物なので、毎日近所の青果店でひとかかえを買う。
「男の子3人、おなかが空くたびにコンビニでおやつを買われたら、経済的にやっていけませんから。フルーツや焼き芋は、帰宅したらとりあえず空腹を満たせる。子どもたちも好きなので切らせません」
調味料は、あれこれ使ってきた結果、賞味期限が過ぎて捨てる率が高いことに気づいた。そのため今は、必要最低限だけに絞っている。
「みりんやお醤油(しょうゆ)も、こだわっていいものを使ったこともあるけれど、毎日の調味料は、近所で安く買えることがいちばんだと実感しました」
器も好きで、作家ものの焼き物からニトリ、100円ショップまでさまざまなものを買ってきた。
「でも子どもがいると、割ったり欠けたりはしょっちゅう。いろいろ買い物の失敗を重ねてきた結果、今は丈夫でスタッキングしやすく、買い替えしやすいイッタラにいきつきました」
台所の引き出しには、ふだん使いのカトラリーが家族の人数分のみスッキリと整理されていた。客用もたくさん持ちすぎないようにしているという。
日々の料理は、栄養バランスも考えるが、“何分でできるか”を最も意識する。毎日が時短勝負だ。
「小洒落(じゃれ)た料理なんて、うちの男子は求めていませんから(笑)。唐揚げ、焼き肉、ハンバーグ、照り焼きばっかりで嫌だなんて文句は一度もない。日常の料理は、定番で回すと決めています」
精米機も、長男の離乳食から使っているというフードプロセッサーも、おひつも年季が入っていた。
米は30キロ単位で買い、毎日朝2合、夜3合炊いて食べきる。
炊きあがったら、さわらのおひつに移す。水分がいい具合に飛んで、夏でも腐敗しないという。
「仕事で五日間家にいなかったとき、おひつのタガが外れていました。ああ“タガが外れる”ってホントなんだあと。おもしろいもので、おひつのタガが外れるときは、お金も浪費している。私にとって、生活が乱れている目安でもあります」
仕事は、双子が中学生になった48歳のとき本格的に再開した。8年目の今は、著書の執筆や、マネーを軸にしたライフプランニングのワークショップを精力的に開催している。
試行錯誤を繰り返し、たくさんの失敗や気づきの末に、自分や家族が健やかに暮らす独自のメソッドが生まれた。
家事や育児に真剣に向き合う過程で、自分の知恵と言葉を獲得した人の言葉は説得力がある。台所を見るだけでもそれがわかった。
我が家の歩幅
三児の中学受験から現在までを振り返り、彼女は断言する。
「子育てはひとつの事業です。息子たちが中学から私学に通ったこの10年間の教育費は、すさまじい山場でした」
無駄な買い物をしないよう調味料ひとつから見直す生活で、やりくりの「足腰が鍛えられました」。
「外食や総菜を買うという選択肢は我が家にはありません。ウィンナーなんて全然数が足りないから買えない。教育費って、ぬるいこと言ってられないんですよね」
家計を分析した自作のワークシートによると、たとえば2018年は、食費の月平均が10万6千円から8万6千円に下がっている。
「長男が大学生になって、彼のお弁当の材料費や夕食の回数が減ったからなんです。逆に最近、食費が上がっているのは、三男がアメフト部に入ってよく食べるためとフルーツ代。お金のことを把握すると、道筋が見える。一日にいくら使うかわかると人は安心するし、“我が家の歩幅”を知るのは、ライフプランニングの面でもとても有効です」
ただし、正しすぎたり、ストイックすぎたりすることの居心地の悪さも知っている。
だから子どもたちの人付き合いや外食は、本人たちに任せている。
「中庸が大事だと思っているので、むしろ夫にも息子たちにも、お付き合いはぜひ行ってといいます」
長男が大学生になるまで増加の一途だった食費は、長男が大学生になった年をピークに減っている。そろそろ子どもたちの食事づくりの時代が終わろうとしている。
しばしば専業主婦になることが「家庭に引っ込む」と表現されたり、社会の第一線から外れると「空白の◯年間」などというのを耳にしたりする。
彼女は「気を張った緊張感と戦いの日々だった」と語る。
空白でも、引っ込んだのでも、退いたのでもない。生き方に、前線も後方も、主役も脇役もないのだ。
ひとつの大きな“事業”を終えた人は、誇りに満ちた表情で次の事業計画を明かした。
「これからはお金のほかに、“教育”というテーマにも打ち込みたいです」
~「東京の台所2」取材協力者募集~
人気連載「東京の台所2」では取材協力者を募集しています。特別じゃなくていい。あなたのいつもの台所にまつわるストーリーや食の思い出をお聞かせください。
ご応募はこちら
















