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『BEAM』のためのチャージの方法ーー瀬口真司さん選書フェア
瀬口さんの選書+コメント
改行によってもたらされる言葉と言葉の断絶や飛躍が詩にとっていかに重要であるかを教えてくれた詩人は僕にとって井坂洋子である。ある言葉から別の言葉への運動は、連続体としての日常の時間を割り裂き、「わたし」を生きているか死んでいるかもわからない何者かに〈してしまう〉。本当に〈してしまう〉。読者が無傷でいられない読書をした最初の体験だったかもしれない。『箱入豹』末尾の連作「山犬記」は圧巻。
眠れないときによく読む一冊。人生は永訣のときの繰り返し。それで必要なのは愛とユーモアとエレガンス、そして音楽。全部この本で習うことができる。1秒も生きたことがない昭和という時代への憧れを抱くことはほとんどないが、この本を読むときだけは別だと感じる。忌野清志郎への追悼文で引かれる歌詞が間違っているのだが、そこにこそ愛を感じてどうしても涙が出る。詳細は本文で。
1982年刊行のロングセラー。「時間」という遠大な(しかし僕にとっては最も重要な)テーマを意識するとき、つねに参照されるべき一冊。精神病理学の見地から、音楽のなかにも、詩のなかにも、そして「私が私自身である」ということのなかにもある「時間」という「こと」が解きほぐされていく。
9・11とイラク戦争の影は日常化した。それは文学にどのようにあらわれたのか。本書はシリン・ネザマフィ「サラム」、岡田利規「三月の5日間」、楠見朋彦「零歳の詩人」、米原万里「バグダッドの靴磨き」など傑作を多数収める。なかでも印象深いのは写真家でもある小林紀晴の短編「トムヤムクン」。単行本の入手が難しいので、このアンソロジーでさまざまな作品とともに読むのをおすすめする。
僕に繋がる現代短歌史のうち、重要な筋は塚本邦雄、穂村弘、そして瀬戸夏子へと流れているものだ。批評家としての瀬戸夏子から受けた影響もはかりしれないが、歌人としての瀬戸夏子から受けた影響もまた大きい。ここに選んだのは2012年に私家版として刊行された瀬戸の第一歌集を13年ぶりに復刊したもの。歌は歌でしか殺せないということを改めて思う。
2019年の「メットガラ(MET GALA)」でもテーマになっていた概念「キャンプ」。「キャンプ」とは様式(スタイル)を強調し、人工物や不自然な誇張を愛する感性。本書の巻末近くに収められている「「キャンプ」についてのノート」を読んだとき、自分が歌でやりたいことはこれだったのだと思った。芸術についての示唆に富む思考の数々はいつ読んでも勇気を与えてくれる。
〈絵を見る〉ひいては〈線を読む〉というマンガの楽しみ方を教えてくれる高野文子の初期作品集。ウィットに富んだ台詞回し、ケレン味のある展開・構成・演出もさることながら、大胆なアングルの構図とコマ割り、ページの作り方は歌人にとって連作の教科書にもなりうる。いまは「おすわりあそべ」を推したい。
没後20年を経て、なおも現代短歌史を支配し続けている塚本邦雄の前衛期歌集から『水葬物語』『装飾樂句』『日本人靈歌』の三作を収録する文庫版全歌集第一巻。塚本の歌を貫いているのは、あの時代にあえて〈歌人〉としての烈しいプライドを示すことの覚悟だ。塚本は僕を呪う。僕に塚本は呪えるか。
後期塚本の歌業から『魔王』『獻身』『風雅默示録』の三作を収録する文庫版全歌集第七巻。戦争・国家に対する厳しいアティチュードは一貫しているが、前衛期のような文体の緊張感は後退し、いくぶんゆるんだ韻律がユーモアを前面化させる。後期塚本は〈おもしろい〉。読み直しは急務だろう。
大森静佳の第二歌集。世界への呼びかけのようにして行われるさまざまな芸術・文化・歴史的人物との交流。時間も空間もばらばらな他者の生とこんなに多く深く切り結べば、言葉もきれぎれになるし、歌人も無傷ではいられらない。かなり危険なゾーンで書かれた歌集だと思う。
現代短歌を語るうえで避けては通れない特異点・木下龍也の最新歌集。さまざまなジャンルの日本語表現から最高水準の技術を受け継いだ木下は、プロダクトとして短歌を生産することの可能性を開いた。しかしこの歌集では、木下のなかで何か新しいことが起ころうとしている。そう感じるのは僕だけだろうか。
オーロラで火傷するような痛みを感じる。無限に輪廻する永遠のフレッシュと搾取される幻の少女性(マニック・ピクシー・ドリーム・ガール)。一度きりの青春。一度きりの禁じ手。あらゆる意味で、誰にも二度と歌うことのできない歌たち。穂村弘が張った強力な結界を破ってこの本を乗り越えなければ自分のこの先の歌人キャリアはないとも強く思う。
『都市空間のなかの文学』で知られる著者の遺稿を編集したもの。読書論、物語論を中心として漱石や緑雨、古井由吉が論じられる。当時の最新の理論を取り込みながら展開される文学論はいまなお刺激に満ち溢れている(未完)。なかでも市川浩『〈身〉の構造』から取り出された「述語的統合」とメタファーの世界についての論は興味深い。50代で世を去った著者は文学研究者としての僕の師匠筋にあたる。
古井由吉も研究者としていつか扱ってみたい作家のひとり。2006年~07年に「群像」に発表された、古井が70歳になるころの短編を収めた一冊。タイトルは〈しろわだ〉と読む。ここには円熟した文章を読む悦びが詰まっている。「撫子遊ぶ」のラストには衝撃を受けた。「繰越坂」も何度も読み返している。
批評的エッセイ集『優しい去勢のために』を含めて松浦理英子の著作には初期から近作まで惹かれるものが多いが、今回は『親指P』を選んだ。内容はもちろんタイトルが素晴らしい。〈身体〉および〈性〉というテーマが僕にとってもこんなにも重要で切実だったのかということに驚く。要約することの困難な、要素の多い小説が好きだということにも気づく。
靖国神社の文化的な成り立ちを、資料の博捜と「まち歩き」的な精神でひもとく一冊。イデオロギーの場としての靖国というイメージを覆す、アミューズメントパークとしての靖国が見えてくる。〈東京〉とはどんなまちなのかを考えるときにも必要なエッセンスが詰まっている。
〈純粋〉を歌いたい。しかし歌えば歌うほど〈純粋〉であることからは遠ざかる。歌人にも世界にも負荷がかかってしまう。であればもっと丁寧に、繊細に、ナイーブに、しかし勇気を持って。そのように歌われているのが笹川諒の歌だと思う。2021年の第一歌集。この本が出たときも僕は悔しかった。
平岡直子をライバルとして意識できる同時代歌人であることの幸福と焦燥を抱えながら読み続けている。歌の言葉は乱反射するものだと平岡さんはいつ誰に教わりましたか。序盤の連作「ね。」は葬儀に参列する者の歌のようにも、結婚式に参列する者の歌にも見える。
正岡豊の歌もかっこいい。しかし、かっこつけているからかっこいいのか、つけていないからこそかっこいいのかはときどきよくわからない。緊密でシャープな歌が並んでいるようにも、ゆるんでやわらかく太い歌が並んでいるようにも見える。復刊された1990年の第一歌集。歌の見た目に大きな影響を受けた一冊。
初刊は2001年。復刊前には国立国会図書館で読んだ。冷めることのない再評価熱は飯田有子の歌の主題が持つ射程の長さとともに、文体の自由さによるところも大きいのではないか。読みつくせないのに、つい何か解釈を話しだしてしまいたくなる歌。
あるところで穂村弘は雪舟えまについて「宇宙から愛を輸入してくる人」と述べていた。たしかにこの高い高い、そして出所のわからない歌のエネルギーに、その言葉にも頷きそうになる。でもこの歌集にはけっこう社会や日本があらわれているとも思う。誰かに本をプレゼントするときに最適の一冊。
魚村晋太郎の第三歌集。存在しないなつかしさをおぼえる口語旧かなの独特の空気感で歌われる新しい歌。魚村へと至る文体の歴史が凝縮されているのと同時に、魚村があたらしく手を伸ばそうとしている文体がうごめいている。第一歌集『銀耳』も第二歌集『花柄』もどうにか入手して読んでほしい。
谷川由里子の歌はいつも自分の欲望に対して素直でのびのびとしている。したいこと、食べたいもの、全部自分で決められる自由さに憧れる。自分の心に向けられる観察眼のするどさに、本当は繰り返されているはずの反省的な思考が知りたくもなる。章立てなしの大胆な一冊。
北原白秋も僕にとっては大切な歌人だが、その白秋のやさしい言葉と抒情がどのように翼賛と回路をむすび、人びとを戦争に導いたのかという問いは絶対に外せない。本書は〈郷愁〉というモチーフや「この道」という具体的な作品の成立を中心に白秋の足跡をたどりつつ、関東大震災後の民衆の心情と白秋の言葉が取り結んだ関係を明らかにする。
田村隆一の詩はとにかくかっこいい。言葉がとがっている。まずは完全収録されている『四千の日と夜』から表題作を。「一篇の詩が生れるためには/われわれは殺さなければならない」。この詩に登場する「われわれ」は前衛短歌における「われわれ」とも響きあっているはずだ。
短編小説の名手・久生十蘭の戦後作品を中心に構成された一冊。技巧的で華麗な作品は、ときに衒学的に冷徹に、ときに幻想的に熱狂的に、小説というもののというものの、あるいは文章というものの根源的な美しさを教える。本書収録作の中では「予言」をとくにおすすめしたい。銃声。シャンパン。福助。いつか久生十蘭論を書いてみたいと思っている。
かつて塚本邦雄が与えた「幻視の女王」をはじめ、「魔女」「ミュータント」などと称されてきた葛原妙子にかかったさまざまなバイアスを剝がし、新たな葛原妙子像を見定めようとする評論。この川野里子の大きな仕事は、前衛短歌研究者としての僕がいつか乗り越えなければならない重要な先行研究としても挙げることができる。
「軍隊生活」「引揚げ」「占領」「原爆」「沖縄」など、戦争を多様な局面から捉えなおす15のテーマに沿って戦争小説を抄録したアンソロジーであると同時に、テクストから一流の研究者が〈問い〉を取り出してみせる文学研究ガイドでもある。大学の教科書として出会った。僕を文学研究へと導いた本のうちのひとつ。
※ISBN:9784894766440 は絶版
〈天皇から庶民まで〉の歌を収めるとされる『万葉集』の国民歌集化/また〈国民〉という意識そのものの醸成をめぐって明治~昭和期にどのような価値づけが行われ、どのように強固なイメージが定着していったのかを解き明かす一冊。「令和」改元に際して出された新装版。
ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル』などの翻訳者としても知られる文学者・竹村和子。本書はジェンダー/セクシュアリティ研究の名著だが、性の制度を支えている〈言語〉そのものについても鋭く精緻な思考が積み上げられる(だからこの本はかなり難しい!)。竹村のようにまっすぐに「正義」という言葉を使うことがどれだけの人にできるだろうか。
僕はすべての歌が幻想の歌であるべきだと思う。たとえば我妻俊樹の歌のように。言葉と、言葉でできることへの信頼。それを可能にする技術と思考ははっきりと我妻のものだが、この歌集に横溢している声は作者の声ではない。むしろ読者のなかにある誰だかわからない存在を引っ張り出されるような読書体験が待っている。


