#3 レクセル、ナンパを決意
翌朝。
ハレーとの仲直りはできないまま、レクセルは職場へやってきた。
アスファルトの上、白地に赤と青のストライプが入った飛行機たちが出発を待っている。
どの機体にも、所属社名を示す〈C.X.〉のステンシルが描かれていた。
「見て、レクセル様よ! なんて凛々しく美しいお姿……」
「朝からレク様が見られるなんて、今日はツイてるわぁ!」
通りがかりの同僚たちが目を輝かせ、手を握り合う。
彼女たちのほうが歳上だというのに、その視線はまるでお姫様を目の前にした子供のよう。
泣く子も(見惚れて)黙る美貌、見るものをゾクッとさせるワルい目つき。パイロットの腕は超一流。
抱かれる印象はクールビューティー、それがレクセルという少女であった。
羨望の眼差しに照れることもなく――――いや普通に気付かなかったレクセルは、髪をなびかせ滑走路脇の建物へ向かう。
〈コマ・エクスプレス本部〉の看板が軋む下、後ろ手でドアを閉める。
ぴんと背筋を伸ばしたまま、奥の机までつかつか歩き、かちりとブーツのかかとを合わせた。
「――――レクセル、出社しました」
「おう、今日もよろしくな。ちょっと待ってくれ」
どっかり座っていた社長が片手を上げる。
流れるように葉巻を置き、臭い消しのミントタブレットを噛み砕く、部下想いの男である。
……煙が立っているので相変わらず煙草臭かったが、レクセルはなにも言わなかった。
できる女である。
「――――よし。早速だが、ファースト市への配達を頼む。荷物は手紙と小包がいくつか、機体にはすでに積み込んである」
「了解。すぐに出ます」
「ファーストまでの航路は西ルートを使ってくれ。東ルートに略奪機の出没情報があったからな――――まぁ会敵したところで、君の腕なら返り討ちにするだろうがな、ん?」
「ええもちろん」
「ハッハッハ」
社長は愉快そうに笑って、引き出しから紙を取り出した。
上にでかでかと、配達人控の文字。
レクセルは慣れた手つきでポーチへしまった。
――――5年前の世界大戦で、国営郵便が廃止された結果。
郵便配達は配達人と呼ばれる民間パイロットが担うようになっていた。
彼らを雇って郵便事業を営んでいる数多の民間郵便会社、レクセルの勤める〈コマ・エクスプレス〉もその内のひとつであった。
「……あぁ待ちたまえ、まだ話がある」
立ち去りかけたレクセルが静かに振り返る。
その仕草ひとつですら様になっていて、近くの同僚がほぅ……と熱いため息をついた。
「君は最年少ながら、これまで遅配も荷物紛失もしたことがない優秀な配達人だ。ただの通常便を任せておくにはもったいないという声が人事部から出ていてね」
「はぁ」
「だから来月より、君には〈遊便〉――――遊行配達便を任せようかと思っている」
レクセルの目がわずかに大きくなる。
社長はにやりとして、知ってるとは思うが一応説明な、仕事だからな――――と話を続けた。
「遊便は旅する配達人だ。通常便と違ってホームタウンへ戻らず、次の街から次の街へと飛び続ける。任されるのは時間厳守の速達、危険空域の配達、貴重品の輸送――――まあ腕利きにしか務まらない仕事だ」
「危険空域……略奪機のことですか」
「そうだ。積み荷を狙う賊どもが特に多い空域だな。……怖いか?」
「まさか。撃ち落としたことありますし」
「ハッハッハ! ったく」
昔から物怖じしないレクセルを、社長はいたく気に入っている。
だろうなと笑ってから、顔を引き締めた。
「――――遊便は人手不足でね、君ほどの人材は今すぐにでも欲しい。とりあえず1ヶ月間、引き受けてはくれないか」
「来月からですか」
「ああ、まだ時間はある。なんなら半年後からでもいい、ゆっくり考えて――――」
「明日からでもいいでしょうか」
「――――明日ァ!?」
社長は思わず叫んでしまった。
あわてて咳払いをして体裁を整える。もう遅い。
だがレクセルは表情ひとつ変えずに頷いた。
「も、もちろん構わない。むしろ助かるが……いいのか? 1ヶ月ずっと出張だぞ、準備とかは……」
「着替えと化粧品があれば十分です。泊まる場所はありますよね?」
「それはもちろん、各地の郵便社が用意する決まりだが」
なら問題ありません、とレクセル。
社長は混乱しながらも万年筆を動かし、遊便への任命書を書き始めた。
流石は経営者、すらすらと書き上げ、残すは備考の欄のみ。
ひげをじりっと弄り、ふと聞いてみた。
「――――他の街に行って、やりたいことでもあるのか?」
「はい。女の子をナンパしなくちゃいけなくて」
「…………聞き間違いだろうが、今ナンパって」
「女の子をナンパしようと思います」
「お前今日どうした?」
――――結局、備考欄は空欄になった。
愛機を駆って荷物を運び、また戻ってきた頃には、空はすっかり赤く染まっていた。
整備士に燃料弾薬その他もろもろの補給を頼み、レクセルは〈コマ・エクスプレス〉を後にする。
「――――ただいま」
「…………おかえりなさい」
家に着くと、カフェで働いているハレーはすでに帰っていた。
出迎えてはくれたが、ぷいとそっぽを向かれる。
……許してくれてはいないらしい。
いつも通り、2人で夕食を作る。
会話は必要な時に、少しだけ。
いつもはたくさん話しているから、お互いに少し寂しかった。
もっとも意地を張って、気にしないふりをしていたが。
「「――――いただきます」」
「…………」
「…………なに」
「べつにー」
カチャカチャ、カトラリーの音だけが響く。
たまにちらちらと視線を感じて、レクセルは顔を上げてみる。でも、ふん! と顔を背けられてしまう。
……明日から出張に行くことは、とうとう切り出せなかった。
その夜のうちに、レクセルは静かに荷造りを済ませた。着替えと化粧品だけのシンプルな荷物。
一度だけ振り返ってから、朝日が照らす扉を閉めて。
――――レクセルは、女漁りの旅に出た。
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