#4 レクセル、女漁りの旅へ
「……やっぱり、ボクも悪かったよね……」
窓から、ちりちりと朝日が差し込む。
ベッドの中、寝起きのハレーは罪悪感に苛まれていた。
いくらレクセルが鈍感でデリカシーがないとは言え、発端はハレーである。
好きになって、突然告白したのは自分なのだ。
それなのに、嫌な態度をとっちゃうなんて。
「……謝ろ。レクシーとケンカなんて、やっぱりやだよ」
よろよろとベッドから出る。
時計を見れば、レクセルが出勤するにはまだ時間がある。いつもなら、朝食を取っている頃だ。
ハレーはドキドキする胸を押さえながら、リビングへ向かった。
「あの、レクシー…………?」
ドアを開けて、立ちすくむ。
……リビングには誰もいなかった。
「……お、お寝坊だよレクシー! お仕事間に合わないって――――」
あわててレクセルの寝室へ行こうとして、ハレーはぴたりと固まった。
テーブルの上に見慣れぬ紙が――――まさか、置き手紙……?
「で、でてっちゃったの…………?」
ドキドキなんてものじゃない。
ばっくんばっくん、痛いほどに震えながら、ハレーは恐る恐る覗き込む。
レクセルの字を、泣きそうになりながら読み始めた。
――――――――――――
ハレーへ
出張に行くことになった。
1ヶ月で戻る。
ハレーの言う通り、私は女心が分かってない。
だから帰ってくるまでに、女の子をナンパして女心を学んでくる。
嫌な気持ちにさせてごめん。
あと、ハレーの気持ちは嫌じゃなかった。
一応言っとく。
帰るまで留守番よろしく。
レクセルより
――――――――――――
「……………………」
読み終わったハレーは、ぶるぶると震えていた。
……家出じゃなくてよかったけど。
よかった、けど!
ぐし。
手紙にしわが寄る。
すーっと息を吸った。
「あんの――――ばかレクシーっ!!!」
「……今日もよろしく、〈スー〉」
レクセルは真っ白な機体をひと撫でして、操縦席に乗り込んだ。
空軍のお下がり放出品、単座高速戦闘機〈スコルピウス〉。
カツオを思わせる流線形のボディにするりと伸びた翼が目立つ、速度に優れた機体である。
〈《《ス》》コルピウス〉で〈《《ス》》マート〉だから、レクセルは〈スー〉と愛称を付けていた。
「補助翼よし、昇降舵よし、方向舵よし――――」
操縦桿とペダルを一通り動かし、壊れていないことを確認する。計器盤も異常なし。
飛行前のチェックを済ませ、レクセルは頷いてベルトを締める。
タイミングよく、自動管制装置から離陸許可が出た。
「――――よし」
かちり、点火スイッチを弾く。
甲高くエレクトリックスターターが唸り、エンジンがばすばすと咳き込んだ。
プロペラが回り始め、機体はゆっくり滑走路の端へと進んでいく。
「……行ってきます」
家の方角に、そんな言葉をつぶやいて。
レクセルはスロットルレバーを押し上げた。
プロペラは残像へ。景色は後ろへ。
風を孕んだ翼がふわりと持ち上がる。
がたがたと伝わる地面の感触が、唐突に消失する。
朝空へ向かってするすると、〈スー〉は鳥のように昇っていった。
ガラスを1枚挟んだ外は、どこまでも広がる青い世界。
白い雲が軽やかになびき、渡り鳥が翼を並べる。
美しい光景に包まれた機体の中で――――。
「女の子か……ナンパしたらなにするんだろ」
風情もへったくれもないことを口走るパイロットがいた。
レクセルである。
「まず、一緒に遊ぶよな。あとはお茶をしたりご飯を食べる――――それって友達と遊びに行くのと何が違うんだ?」
風で流される機体を戻しつつ、むぅと唸る。
乾燥しがちの小さな唇がぺろっと舐められた。
「――――そうだ夜遊びだ。夜中まで遊べば、なんか恋愛っぽくなるかも」
――――違う。
しかしここにはレクセル1人、偏った知識を正す者は誰もいない。
手をぎゅっと握り、彼女は親友に想いを馳せた。
「……ハレーのために、私頑張るから」
きりりとしたまつ毛が、すっと閉じられる。
その整った横顔は、もし見る人がいたならば、美しさに息を忘れたに違いない。
エンジン音だけが響く、静かな時が流れて。
空色の瞳が決意をたたえて、大きく開かれた。
「頑張って女の子をナンパしてみせる」
――――しかしその決意は、やっぱりズレていた。
登りきった太陽が傾き始めたころ。
レクセルは目的の街、ファースト市に到着した。
ぱるぱるぱる……と回転が落ちたプロペラ音を響かせて、駐機スペースに〈スー〉を停める。
隣に並ぶ飛行機はどれも、白地に赤青ストライプのカラーリング。
〈スー〉と同じ、配達人の愛機たちだ。
何機か、同型の〈スコルピウス〉も見える。
「――――はじめまして。〈コマ・エクスプレス〉から来ました、遊便担当のレクセルです」
「ご苦労さまです。お待ちしていましたよ」
レクセルを出迎えたのは、柔和な印象の老婦人であった。
握手をした手は、しわだらけにも関わらず力強い。
「ファーストへようこそ。〈イオンテイル・エクスプレス〉社長のスワンです」
事務所はこちらです、付いてきてくださいな――――と歩き始めるスワン。
レクセルはその一歩後ろをすたすた追いかけた。
午後の発送ラッシュらしく、飛行場は配達人やスタッフが忙しなく行き交っている。
2人を見て会釈する者も多い。
ちょうど通りがかったショートカットの女性も社長の姿に気付き、軽く手を挙げて。
「や、社長! お疲れ様っす――――うっわあ!?」
腰を抜かしてひっくり返った。
「……どうしたのです、シューメーカー」
「だだだ、誰すかその超絶美少女……!?」
「あらいやだ、美少女だなんて」
「社長のことじゃないっすよ! 言うとしても美老女っす」
「せめて美魔女とおっしゃい!」
仲よしだなー、とレクセルは思った。
ごめんなさいね――――なんてスワンは謝って、咳払いをひとつ。
「……彼女は遊便のレクセルさん。〈コマ・エクスプレス〉の配達人ですよ」
「ゆ、遊便っすか!? 可愛いくて腕も立つなんてヤバいっすね! うちはシューメーカー、ここの配達人っす!」
「……どうも。お世話になります」
テンションの高さに置いていかれつつ、握手を交わすレクセル。
美貌に当てられ口元が緩んだシューメーカーへ、スワンがびしりと一喝した。
「わかっているとは思いますが、くれぐれも手を出すことのないように」
「当たり前っすよ! 見るからに清純な乙女じゃないっすか、うちじゃ釣り合いませんよ」
ひらひらと手を振るシューメーカー。
それを聞いたスワンはため息をついて、女遊びもほどほどにしなさい、と諭していた。
――――遊びの関係じゃ、ちょっと違うな。
ナンパのコツを聞こうとしていたレクセルは、そう思い直してやめた。
だって私のは真面目に、女心を学ぶための交流だし。
「安心するっすよ、レクセルさんレベルの美少女は観賞用って決めてますんで!」
「はぁ、そうですか……」
「いたいけな少女をこちら側に引き込むわけにはいかないっす!」
「ご配慮、痛み入ります」
丁寧に返すレクセル。
どの口が言っているのか。
……レクセルのやろうとしていることも、一般的には女遊びである。
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