「お金さえあれば」ラグビー日本代表・姫野和樹の中高時代、貧困を支えた大人たち
姫野ノート「弱さ」と闘う53の言葉 2 前編
姫野 和樹
ラグビーW杯が9月8日に開幕する。日本はプールDとして9月10日の対チリ戦が初戦だ。
8月15日には代表選手が発表された。キャプテンに任命されたのが姫野和樹選手だ。
姫野選手は帝京大学卒業後にトヨタ自動車ヴェルブリッツに入団。2017年には日本代表初キャップとなり、2019年ラグビーワールドカップの日本代表にも選抜された。姫野選手のリーダーシップがますます注目される。
そんな姫野選手初の著書が『姫野ノート「弱さ」と闘う 53 の言葉』(飛鳥新社)だ。姫野選手が7年間にわたって書き溜めているラグビーノート“姫野ノート”の存在は、多くのラグビーファンが認識している。本書はノートの一部も初公開されるが、幼少期から振り返り、姫野選手の「思考習慣」がまとまった一冊となっている。選手として、チームのキャプテンとして、これまでのラグビー人生の中で学んできた、考え方や意識作り、メンタルメソッド、自分との向き合い方、目標設定術、リーダー論、組織マネジメント論.....日本ラグビー“最強の男”といわれる姫野選手の、“最高の準備”のために何が必要なのか。
本書の刊行とラグビーW杯開幕を記念して本書より抜粋掲載の第1回は5章「人は誰でも「一流」になれる」より、姫野選手の幼少期から、給食費も滞納が多かった小学校時代、中学校でラグビーに出会うまでをお伝えした。第2回はラグビーを始めたあとも貧困の影響を大きく受けたときに支えてくれた大人たちの存在をお伝えしていく。
前編 給食費も滞納ばかり…ラグビー日本代表・姫野和樹が語る「僕の家は本当に貧しかった」
後編 「貧しくて野球もできない」ラグビー日本代表・姫野和樹が「貧しくても悪いことはしなかった」理由
選抜候補選手に選出、遠征費用は「4万円の大金」
ラグビーをしていても、やはりお金の苦労はついて回った。
活躍が認められて、愛知県選抜のフォワード候補選手に選ばれた時のことだ。その連絡が中学に届いたのだが、僕は断った。
選抜チームが参加する大会への、遠征費用が払えなかったのだ。
遠征費用はたしか4万円ほどだったが、我が家にとって4万円は大金だった。
「そんなん、払えるわけないわ……」
親には言わなかった。自分の判断で「辞退しよう」と決めると、ラグビー部顧問の松浦先生のところに行って、「セレクションを辞退したい」と伝えた。セレクションとは、候補選手を一堂に集めて行う合同練習会のことだ。ここで合格すると、晴れて正式な県選抜メンバー入りとなって、他の都道府県の選抜チームと試合をする。セレクションに参加しなければ、選ばれてしまうこともない。選ばれなければ、4万円の心配をする必要もない、と考えたのだ。
だが、本当のことは言えなかった。
「お金が無くて行けません」とは、恥ずかしくて松浦先生には口が裂けても言えなかった。
だから僕は嘘をついた。
「先生、オレ、県選抜の監督が好きじゃないんでセレクション行かないです」
当然、松浦先生からはこっぴどく怒られた。
「そんな理由で県選抜に行かないヤツがあるか!」
「お金さえあれば」
結局、セレクションだけはどうしても参加しなければならなくなったのだが、本職のフォワードで参加してしまえば間違いなく合格してしまう。どうしても合格するわけにはいかなかった僕は、参加の条件を出した。
「じゃあ、バックスとしてセレクションを受けさせてください」
あまりにも無理矢理だ。だが、その無理矢理を押し通して、僕は本当にバックスの選手として参加した。
当日、当時の県選抜の監督は、センターのポジションに入る僕を見て驚き呆れていた。
「お前……いいのか? そのままやったら落ちるぞ」
「はい! そのつもりでやってます!」
こんな生意気で不誠実な選手が受かるわけがない。
希望通り、僕はメンバー入りはしなかった。なぜ本来のポジションで出なかったのか不思議がるチームメイトには、強がりを言った。
「オレ、県選抜とか正直興味ないから」
だが、やはりどこかで「お金さえあれば」という悔しさ、寂しさがあった。いつも、しなくていい心配や、抱えなくてもいい不安がつきまとっていて逃れられなかった。
子ども時代の事情を知っている人からは、こう言われることもある。
「よく、親のせいにしたり誰かのせいにして、グレたりしなかったね……」
「楽なほうに逃げたりしなくて、子どもの頃から強かったんだね……」
誰かを恨んだり親のせいにしたり、という考えや感情は湧いてこなかった。