97話 衛生兵なおっさん少女
バラック小屋に僅かに外からの日差しが入ってくる。寒さを防ぐためなのだろう、結構がっしりと作られており、壁に隙間も少ないようである。そのため、寒いときは良いが朝の砂漠の日差しを受けるとあっという間にサウナの出来上がりである。
ガタガタと音がして、見てみると板でできた窓を叶得がよいしょと開ける姿があった。サウナ化を防ぐために窓が大きいのである。暑い空気が入り込み遥は被っていた毛布を剥がして、むくりとまだまだ眠たそうな目で起き上がるのであった。
「ほらほら、もう朝よ。起きなさい」
両手を腰にあてて、窓から入る日差しを受けながらおっさん少女を起こそうとする叶得は綺麗である。いつも美女美少女のメイドを見慣れている遥であってもシチュエーションがあって美しいと思った。
「ぴぴーー! マスター。起きてください」
笛を吹きながらナインが左のウィンドウから叶得に負けんとうるさく起こしてくる。
結局、叶得の家にあれから泊まったのである。さすがに門限があるので帰りますとは言えないのだった。
それに怒ったメイド二人が、後でお詫びしてください。なんでも一つお願いを聞いてくださいねとウィンドウ越しに遥に迫ってきて、仕方なく了承をしたのだった。
「おはようございます、叶得さん。早起きですね」
寝起きでぼんやりとしたまま遥が答える。
「ここでは早く起きないと色々大変なの。ほらほら起きた起きた」
この場所がどこにあるか考えると、このベッドの板がどこかの家から持ってきたのか考えるのが怖いが、その建物から板を剥がして作ったのであろうギシギシ音がする今にも崩れそうなベッドから遥は起き上がる。これも褐色少女が作成したらしい。
んしょと、その小柄で愛らしい身体を起こしておっさん少女は、う~んと背伸びをして身体をほぐしながら周りを見た。山賊がすでに起きているのがわかる。ドアを開けて外で火を起こしているのが見えた。
一部屋しかないバラックの家である。それでも3人が住むには充分なのだろう。おっさん少女のような小柄な少女も眠れる大きさがあった。
そう、3人なのである。昨日は挨拶できなかったがもう一人いたのだ。叶得の母。山賊の妻である。
おっさん少女の視線にきづいたのだろう。ごほごほと咳をしながら体を苦労して起き上がらせてくる。
「ごめんなさい。おもてなしもできないで。少し体の調子が悪くてね」
叶得の母なのに、娘は母に似なかったのであろう。ホンワカとしたおっとり系の美人な女性である。本来はふんわりとした髪であろうが、お風呂に入るのも難しいのだろう、砂と脂で汚れており、瘦せ衰えている。
「お母さん! 無理しないでいいから、寝ててよ」
叶得が無理やり母の体を寝かそうとする。
「この環境だから体を壊す人が多いの。母もそう」
悲しそうな表情をして遥に伝えてくる叶得。
はぁ~と溜息をする遥。そういうのは見たくない。悲しいのは嫌いなのである。しかし遥は治癒術はレベル2であり毒回復のアンチドートまでしか覚えていない。自分が状態異常無効な上にダメージもあまり負わないので病気回復までレベルを上げていないのだ。現状はスキルレベルを上げたくてもポイントも足りないのである。後1ポイントあれば3まで上げられるのであるが。
それでも遥はこの優しそうな女性を治す方法をもっている。お世話になった褐色少女の悲しむ顔を見るのは嫌だし、このまま放置して死んじゃうのもなぁ、一宿一飯の恩義だねと救急セットから救急スプレーを取り出した。回数は12回まで使える回復アイテムである。初期DLCセットにして、最初に中身を確認してから、ついぞ使ったことが無いアイテムである。
「財団特製の治癒スプレーです。これの効果は他人には黙っておいてくださいね」
黙ってもらえるか不安だが、それで人が大勢来ても無視しようと決心する遥。目の前の人間が助かるのは私と出会ったことによる運と行動が良かったのだと、いつもの理論を考えて女性にテクテクと近づく。
「消毒スプレー? それで身体を一時的に冷やせるの? ありがとう。助かるわ」
叶得が救急スプレーの効果を勘違いして、嬉しそうな表情でお礼を言ってくる。たしかに消毒スプレーならヒヤッと一瞬するし、その程度で遠慮はしないだろう。
だが、これはDLCアイテムの究極アイテムである。エリクサーのようにエネルギー系は回復しないが、回復は完璧だ。
叶得の母でラッキーだったね。叶得のお母さんと内心で思いながら、プシューと体にかける。
淡い光が生まれて、瘦せ衰えていた体はふっくらとした健康体になり、病で弱っていてできていた目のクマは一瞬で消えていった。
叶得の母は光が発したことに驚愕する。そして自分の健康状態が回復したことにすぐに気づいたのだろう。
ひょいとベッドから起き上がり身体の様子を確認する。
それをポカーンと口を馬鹿みたいに大きく開けて、叶得が何も言えずに驚いている。山賊は外で火を起こしていたので、気づいていない。
救急スプレーの効果は体力完全回復である。バイオ的なアイテムだが、その中には状態異常回復も含まれているのだった。
「どうですか? 治ったと思いますが」
なんでもないような平然とした表情で眠たそうな目を驚いている二人に向けて話しかける。
「な、治ったのかしら? 体は重くないし、なんだが食欲も湧いてきたわ」
叶得の母が呟くように答える。それを聞いた叶得がギギギとこちらを見て、肩を掴んできて顔を目の前まで近づけて勢いよく聞いてきた。
「なによ? これなによ? スプレーの一吹きで体が治る? どこのゲームのアイテムよ!」
おぉ、良いところついているね、褐色少女よと内心でにやりと笑い教えてあげる。
「これは凄い貴重品なんです。財団でも何本も無い回復用のアイテムです。泊めてもらったお礼ですね」
静かな声音で叶得を見つめて答える遥。
「え、こんなものを作れる財団なの? なにそれ、聞いたことが無いんだけど!」
母が治ったことに喜び、救急スプレーの効果に驚き、困惑する叶得である。
その後に山賊も戻ってきて治った妻を見て、またひと悶着するのであった。
「ありがとう。ここの環境にいてまさか治るとは思っていなかったの。助かったわ」
叶得が満面の笑みで喜びながら遥にお礼を言ってくる。
「本当にねぇ、ありがとうねお嬢様」
叶得の母も喜びお礼を言ってくる。山賊も頭を下げていた。そして、サブミッションの褐色少女の母親を救え! が発生しなかったので、がっかりする遥。助けた理由の一つでもあったのだ。こういうのはあるでしょう、そういうミッションがと内心わくわくしていたのだ。どこまでもおっさんはゲームから離れられないのである。
カチャカチャとどこからか持ってきたのであろう皿を置いて、そこに湯で温めた非常食を置いてくる。なんかの混ぜご飯と袋には書いてあった。
「いっぱい食べてねと言いたいところだけど、これで我慢してね」
叶得の母が申し訳なさそうに勧めてくるので、では遠慮なくと食べ始める。非常食とは言え普通の味である。ちっこい口を開けて、ちょこちょことリスみたいに食べ始める見ていて愛くるしいおっさん少女。
さすがに回復までさせたのだ。貰わないと相手にも悪い。遠慮なく食べながら叶得たちに聞いてみる。
「皆さん、この非常食で生きているんですか? 水は川らしきものがあったのでわかるのですが」
可愛く小首を傾げて質問をする。だって5000人なのだ、この非常食が皆にいきわたるのであろうか?
それを聞いて、叶得は首を横に振り否定しながら気まずいような表情で教えてくれる。
「ううん、私たちのような廃ビルまで行って回収できる人たちだけね。後は付き合いのあるお隣さんとか化け物を退治した人から素材を交換するのに使っているわ」
ん? それなら他の人はどうしているのだろうと思う。ちゃんと叶得はそれも教えてくれた。
「他の人はサボテンを食べているのよ。来るときに見たでしょう? サボテン群を。あれを取って食べているのよ。味なんかキュウリみたいだし、水っぽいし栄養をなんとか摂取しているという感じね」
それを聞いて、遥は内心で怖くなり左のウィンドウに映っているナインに問いかける。こんな朝もウィンドウを繋げている身だしなみもきちんとした可愛いメイドである。
サクヤもウィンドウは開いているが、後ろ姿しか見えず、鏡に向かって眠そうな顔をしながら歯磨きをしている姿が映っていた。なぜ同じサポートキャラなのに、こんなに違う性能なのかと首を傾げるレベルである。
「大丈夫です、マスター。恐れている内容は察しがつきます。あのサボテン群はミュータント化した人の変異ではないか? ということですね」
そうそう、その通りと頷く。もしそうならサボテンを食べている人は、共食いをしているのではと考えないようにしたい遥である。
「昨日、砂いかだで頭上を通ったときの感触ですと、少し育成が速いただのサボテンですね。砂漠の概念とここのオアシスの概念が混ざり合った結果育った雑草でしょう」
雑草かよと思ったが、予想していたみたいに人からの変異でなかったと安心する遥である。そういうグロいのは嫌いなのだ。なんだか気持ち悪さに背筋がぞくぞくするのである。ゾンビとはまた違うグロさであるからして。
「でも、ぎりぎりの生活よ。サボテンを取るのにも危険は伴うし栄養は最低限だし、みんなドンドンやつれていくわ。そうして私みたいな病気持ちが出てきてドンドン人が減っているの」
叶得の母が他の生存者のことを気の毒そうな表情で教えてくれる。
「皆、私の作ったいかだを真似て作って、廃ビルを探索すればいいのよ! そうしたらもう少しましな生活ができるはずなのに!」
他の生存者の軟弱ぶりに怒ったように非常食を食べているスプーンをふりふりと振りながら叶得が言ってくる。
だが、それは無理な話であろう。あの砂いかだは普通の人が操るにはかなり怖いし、外はミュータントでいっぱいである。叶得みたいに皆が行動できるわけではないのだ。少なくともおっさんならサボテンを食べて救援隊を待つだろう。ぎりぎり生き残れるというところが思い切った行動を許さないのだ。
「皆がそうできるわけではないのよ。叶得。あんまり無理を言っちゃダメよ」
叶得の母がその発言を聞いて窘める。叶得も不満そうに口を尖らせるが、は~いと言って再びご飯を食べ始めた。
「それで昨日聞いた超能力者の話ですが」
と、遥が昨日叶得から聞いた超能力者の話を引き続き聞こうとしたときに、ドンドンと荒い手つきでドアを叩く音がした。
「は~い。どなたですか? ドアが壊れるでしょう! そんなに叩かないでくれない?」
怒鳴りながら、叶得がドアを開けると皮鎧に汚い服をきた男性がニヤニヤと笑いながら立っていた。
「おい、姫様がそこの外から来た人間にお会いしたいとのことだ。ついてこい!」
ご飯を食べ続けているおっさん少女を見ながら、そんなことを言ってくるのだった。