小倉宮 聖承(おぐらのみや せいしょう、応永13年(1406年)頃? - 嘉吉3年5月7日(1443年6月4日))は、室町時代前期の皇族であり、後南朝勢力の中心人物。南朝最後の天皇である後亀山天皇の孫で、初代小倉宮である恒敦の子。聖承は出家後の法名であり、俗名は不明である。時に「良泰」や「泰仁」とされることがあるが、何れも近世に作られた南朝系図に拠るもので信用できない。樋口宮とも。子に小倉宮教尊がいる。 小倉宮としては2代目となるが、個人としての「小倉宮」は一般にはこの聖承を指すことが多い。