ダーフィト・アウグスト・ブラウンス(David August Brauns, 1827年 - 1893年)は、ドイツの地質学者。1879年にエドムント・ナウマンの後任のお雇い教師として、東京大学理学部地質学教室教授に招聘される。日本の新生代における貝化石研究の先駆者である。