「ねぇリン、明日ヒマだったら一緒に出かけない?」
教科書類をカバンの中に片付けていたところ、ミクが声をかけてくる。なんでも、最近駅前に新しくオープンしたカフェが気になっているらしい。お洒落な外観と手ごろな値段のケーキセットが人気で、若い女性を中心に賑わっている店だ。
甘いものはそんなに得意じゃないけれど、お店の前に貼り出されていたメニューに載っているオレンジタルトは、私もちょっと気になっていた。
でも……。
「ごめん。ちょっと先約があって…」
あいにく、明日は既に人と会う約束をしている。ここ最近友人たちと出かける機会がなかったし、ミクの誘いは嬉しかったのだけど、先方との約束を反故にするわけにもいかない。
「先約?……あぁ、レン君とデートか。なら仕方がないわね」
「ちょっ…デートなんかじゃないってば!!」
「何言ってんの、二人っきりでお勉強会なんでしょ?私からしてみればそれも立派なデートだって」
誘いを断った私にミクは一瞬残念そうな顔をしたけど、突然その顔をキラキラと輝かせ、あろうことかそんなセリフを吐き捨てた。……いや、確かに約束している相手もその目的もミクの言うとおりだけど、デートって何だデートって!!
反射的に抗議の声を上げる私をひらりとかわし、ミクはいつもの様に茶化してくる。挙句の果てにクラスメイトにまで好奇の目を向けられるものだから、居た堪れないことこの上ない。くそう、今に見てろ……!!
彼女とその従兄弟のお節介により、かの少年(鏡音レン君というらしい)と再会したあの日以来、私は彼と頻繁に会うようになった。名目は、さっきミクが言った通り「勉強会」。彼の課題を手伝った事がきっかけで始まった、週末の新たな習慣だ。
勉強会とは言ってもそう堅苦しいものではなく、図書館やファーストフード店で待ち合わせ、それぞれの学校で受けてきた授業の内容を復習し合う、といった簡単なものだ。お互い県内トップクラスの進学校に通っている事もあり、進行度やレベルはほぼ重なっている。まだ進んでない範囲だったら予習にもなるので、かえって好都合だ。
歴史が苦手だという彼に私が暗記のポイントを教え、その代わりに彼からは数学を教えてもらっている。それ以外の教科は、二人とも似たり寄ったりの成績らしい。お互い勉強は嫌いではないし、模試の点数を競い合ったりもした。因みに、この間の模試は5教科の合計点10点差で私の勝ち。その程度で舞い上がったりはしないけど、彼の方は相当悔しかったみたいで、「次は絶対に負けない」なんて意気込んでいる。……私だって、負ける気はない。
そんなこんなで勉強会を始めて早二ヶ月。鮮やかに色づいていた木々は葉を完全に落とし、その代わりとばかりに色とりどりの電飾を身に纏っている。
再会して以来、私たちの間で変わった事といえば、お互い名前(といっても名字の方だけど…)で呼び合うようになったり、色々と話すようになった、という位。毎週のように顔を合わせているけど、それはあくまで「親しい異性の友人」といったレベルで、ミクが期待しているような事は何一つない。
そう何度も説明しているのに、この友人ときたらこちらの話をこれっぽっちも聞こうとしない。それどころか、事ある毎にそれをネタにからかってくるものだから、胃薬がいくつあっても足りない。ストレス性胃腸炎で入院でもしたらどうしてくれるんだ、まったく。
「二ヶ月近くも週末デートしてるのに、未だ進展なし…か。クオと二人で吉報はいつかいつかと待ちわびてるのになぁ」
「だから、鏡音君とはそんな関係じゃないって。ただの勉強仲間よ。そして待ちわびてくれなくていいから」
「相変わらずリンは冷たいなぁ。…でもさ、その勉強会ってレン君たっての希望なんでしょ。それ、あんたに会う為の口実作ってるんじゃないの?」
ミクの言葉に、思わず口をつぐむ。
……そう。迷惑なこの友人の他に、悩みの種がもう一つ。それが、彼――鏡音君だった。
彼には悪いけど、そもそもの出会いがああだったわけだし、加えてあれだけ熱心に誘われれば、好意を抱かれているであろう事には私でも察しがつく。
気付いてから暫くは流石に気まずかったし、何かしらアクションを起こされるのだろうか、と身構えてもいたけれど、彼は呆気無いほど何も言わなくて。
約束の時間に待ち合わせて、一緒に勉強をして、軽く食事をとって、他愛のない話をして、夕方頃に別れる。その繰り返し。
彼は私をあくまで「勉強友達」として接してくる。それがもどかしくて、そしてそう思ってしまう自分が気に入らなくて。胸の内を巣食っているモヤモヤに、返す言葉はどことなく不機嫌さがにじみ出る。
「知らないわよ。……そう言う事、一言も言われてないし」
「相手が動くの待ってたらそのうち年寄りになっちゃうわよ。いっそリンが告白しちゃえば?」
「何で私が!?ていうか何で鏡音君のこと好きって前提なのよ!!」
「そっちの方が手っ取り早いかなと思いまして。それに、その方が見てる側としては絶対に面白い展開だねってこの間クオと話していたのよ」
後半の質問は無視して楽しそうに話す友人に、今日何度目かわからないため息。
ミク一人でもやっかいなのに、そこに彼女の従兄弟が絡んでくると、事態は一層面倒くさい事になる。ミクオというその少年は鏡音君の友人でもあり、彼もその友人には色々と手を焼いているらしい。他愛のない世間話の大半が、お互いの友人への愚痴だという事は言うまでもない。
野次馬精神丸出しのこの友人と、それにしっかりと付き合うその従兄弟の事だ。このままだと痺れを切らせて余計な事を仕出かさない。というか、この間みたいにこっそり付いてきて覗き見、なんて事は本当に勘弁してほしい。
「何度も言うけど、私と鏡音君はそんな関係じゃないし、余計な口出しして彼にまで迷惑かけるのはやめてよ」
「気になる相手が振り回されるのは許せません!ってはっきり言えばいいのに~」
「ミク!!」
「はいはい、わかったわよ。もう何も言わないって」
両手を上げて「降参」のポーズをとる彼女。本当に分かっているのか甚だ怪しい。
そんな事を考えていた矢先、小声で「素直じゃないなぁ」なんて呟いている。こら、私が気づかないとでも思ったか!?思いっきり睨み付けると、ミクは小さく舌を出して首をすくめて見せた。まったく、油断も隙もないのだから…!!
まだまだ遊び足りない、とでも言いたげな友人をとり残し、私はそそくさと教室を出た。
モヤモヤとしたあの感情は、いつまでたっても消えない。
「お待たせ!遅れてごめん」
今では待ち合わせ場所の定番となっている、図書館近くのファーストフード店。ホットコーヒーで暖をとりながらテスト勉強をしているところに、一足遅れて鏡音君が来た。トレーを持って立つ彼の頬は、急いでやって来たせいだろう、若干赤みを帯びている。
「…平気。これやってたし」
そう言いながら手元のノートを片付けていると、目の前に緑色の紙パックが差し出された。仄かに甘い匂いが漂う。視線を上げると、ちょっぴり申し訳なさそうな顔の鏡音君と目が合った。
「待たせちゃったから、お詫び」
大したものじゃないけど、と附け加えながら鏡音君が言う。どうやら遅れて来た事を気にしているらしい。
別にいいのに、という言葉を飲み込み、渡された包みを素直に受け取る。まだ温かいその包みからは、バターとリンゴの香りがふわりと広がった。
お礼を言うと、彼はほっとしたように笑う。あぁ、そういえば彼から何かを受け取るのは初めてだったっけ。何となく、今まで踏み越えようとしなかったラインを一歩超えてしまったような気がして、居心地が悪くなった。焦る気持ちを隠すように、言葉を探す。
「いつも時間前には必ず来ているのに、遅れるなんて珍しいわね。何かあったの…?」
「え?あ、いや、まぁ……ちょっとね」
彼はまじめで几帳面な性格らしく、今まで約束の時間に遅刻する事は一度もなかった。だから、今日みたいに遅れるなんて余程の理由があるんじゃないか、とちょっと心配したのに…この歯切れの悪い返答は一体何なのだろう。
それに、なにやら落ち着かない様子で。……まったく、言いたい事があるならはっきり言え!
そんな私の心の声が聞こえたのかどうかは知らないけれど、鏡音君は少し視線を彷徨わせ、意を決したように話し始めた。
「あ、あのさ!鏡音さん、24日ってあいてるかな……?」
「24日……?」
「実は、部活の先輩から水族館のペアチケット貰ったんだけど……こんな場所野郎と二人で行っても楽しくないし、せっかくだから、その…一緒にどうかなって。ほら、鏡音さんにはいつもお世話になってるし……。あっ、でも!もし出かける予定とかあるなら無理に合わせなくていいから!!家族とか友達とか、えーと、…彼氏、とか…」
もごもごと話す彼に、心の中で「あぁ、そう来たか……」とため息をつく。
24日は、世間でいうクリスマス・イブ。本場キリスト教の国々ではクリスマスは家族で過ごす日なのに、この国ではなぜか「恋人と過ごす日」なんて認識が浸透している。浮かれた様子の友人も少なくないし、逆に一人身の子は「負け組」だなんて言って意気消沈している。というか何に対しての勝ち負けなんだ、意味がわからない。
とにかく、こういう風潮なもんだから、ひょっとしたら何か動いてくるかも、という予感はしていた。そしてこれは探りを入れてるんだろうなぁ、という事もなんとなくわかった。……けれど、最後の言葉だけはちょっと聞き捨てならない。それ私に対してかなり失礼でしょ!?
ちょっぴり不機嫌モード突入。繰り出す声は、自然と低くなる。
「言っとくけど、私に彼氏がいるとしたら、こうやって週末に他の男の子と二人っきりで会ったりなんかしないわよ?」
「うっ………ゴメンナサイ」
反撃ついでに思いっきり睨み付けてやると、彼は叱られた子犬の様にしゅんとした。あ、落ち込んだかな?
別に本気で怒ってるわけじゃないのに、こちらの反応にいちいちビクビクしている彼を見てたら、ちょっぴり気の毒になってきた。………まぁ、せっかく誘ってくれたんだし、ちょっとだけ…うれしかったりもするから、たまには素直になってもいいかな。
「…いいわよ。24日、付き合うわ」
「えっ…!?」
照れくささを隠すようにそっけなく答えると、彼は意外だとでも言いたげに目を丸くした。……どうやら返事をもらえるとは思ってなかったらしい。
「特に予定もないから暇だし。水族館も久しぶりだし」
「え、で、でもいいの?24日だよ!?クリスマス・イブだよ!この日に誘うってことはつまりそういうわけで、えーと、だから!!」
予想外の展開に、彼は目に見えて混乱している。もう言ってる事も支離滅裂だ。
……ん?ていうかちょっとまて!この流れはまさか……
「君の事が好きなんだ…!!」
心の中で叫んだ制止の声も空しく、彼の口から飛び出した爆弾。その破壊力は、想像以上のもので。
思わぬところから飛んできた不意打ちの攻撃に、私はしばらく動く事が出来なかった。
うっかり誤射した当の本人は、今更「しまった!」なんて顔をしていて。ぼんやりとした私の頭に、その姿はひどく滑稽に映った。
そして。
「ばっ………」
我に返って、何とか絞り出した言葉は。
「……っかじゃないの!?普通そういう事こんな場所で言う!?」
「なっ…!!?」
容赦ない私の言葉に、彼は魚みたいに口をパクパクさせる。
ていうかここどこだと思ってんの!?よりにもよってファーストフード店内よ!こんなムードも何もない場所でそんな告白する馬鹿がどこにいるっていうの!!しかも周囲の人からじろじろ見られてるしああもう本当に馬鹿だ信じらんない!
そんな私の葛藤をよそに、彼の反撃が始まる。
「ば、馬鹿って、それはあんまりなんじゃない!?」
「知らないわよそんなの!こんな人がたくさんいるような場所でそんなセリフ口走れることに逆にびっくりだわ!」
「うわぁあぁぁそれは弾みだから!!やめて忘れて触れないで!!!」
「何をいまさら、そんなのとっくにバレバレなのよ!」
「バレ…ってえ、ちょ、まっ……!!」
私からのカウンター攻撃に固まる彼。
沈黙。
10秒…15秒…。
20秒くらい経ってからだろうか。こちらを窺いながら、恐る恐るといった感じで口を開く。
「えーと……いつから?」
「割と前から」
「……」
これがとどめとなったのだろう。彼は言葉にならない声を口からもらし、頭を抱えて悶絶した。……あー、うん。私だって彼の立場だったら色々耐えられない。
オレンジ色に照らされたテーブル。纏わりつくような重い空気。観客たちのざわめき。
「だから――」
クライマックスを迎えた物語に幕を下ろすのは、スポットライトを浴びる役者の仕事と相場が決まっているでしょ?
台本なんかなくても、言うべき台詞はわかってる。結末を見届けるのは、君と私だけで十分だから。
「――その上で、24日付き合うって言ってるのよ」
顔をあげた彼と、視線が交わる。
驚愕と、困惑と。それ以上に、安心と。その瞳に映る様々な感情を分析する位には、余裕があるらしい。私の瞳には、今どんな感情が映っているのだろう。
気が付くと、長い間私を悩ませていたあのモヤモヤは、いつの間にかどこかに消えてしまっていた。
あぁ、そうか。私は――
きっと、最初に会った時から、彼の事が気になってたんだ。
あの6号車での出会いは、単なる偶然かもしれない。
でも、こうやって今君と一緒にいる事が、そんなに嫌じゃないということは。
「ダラダラしてないで、早く復習終わらせましょ。24日の予定も立てなきゃなんでしょ?―――レン」
目を見開く彼を置き去りにして、テーブルの上に教材を広げる。
珍しく、早く勉強を終わらせたいな、なんて思いながら―――。
本当の気持ちは、きっと
電車学パロ6話。最終話です。
もともとは電車の中で暇つぶしに書いていた単発モノを、無理矢理連載にしたノリ小説でした。カッコいいリンちゃんに「ばっかじゃないの」って言われるヘタレンが書きたかった。ただそれだけだった……。
あまり深く考えずその場の勢いだけで書き進めていたので、正直繋がりおかしかったり展開めちゃくちゃですが、書いてる本人はすごく楽しかったです\(^o^)/学パロものは好き勝手出来ていいですね!
ここまで読んでくださった方は、ありがとうございました!!
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鏡(キョウ)
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