#6 レクセル、感涙にむせぶ
「〈アルマの休日〉ですね、左手の2番スクリーンです」
入口のスタッフがチケットをもぎり、半券を返す。
受け取って、2人はロビーへと足を踏み入れた。
外が豪華なら中もしかり。
赤いカーペットが敷き詰められて、まるでどこかの宮殿のよう。
空を飛んでもいないのに、レクセルは足がふわふわしてきた。
「――――〈アルマの休日〉ってヤツを観るの?」
「ですです! 公開されたばかりですけどすっごく評判よくて――――」
ポップコーンの列に並びながら聞くと、レヴィは大きく頷いた。
なんでも身分差をテーマにしたラブロマンスで、感涙必至ともっぱらの噂なのだとか。
女心を学ぶにはちょうどいいかも、なんてレクセルは考えながら財布を取り出して。
――――レヴィにやんわりと止められた。
「今日はわたしの奢りです♡ 付き合ってもらってるんですもの!」
「……小さい子に奢らせるのはさすがにダメ」
「同い年ですってば! いいから黙って財布をしまう!」
「でも」
食い下がるレクセル。
しかしちょうど2人分のポップコーンを渡され、反射的に受け取ってしまう。
その隙にレヴィは代金を払ってしまった。
「…………」
「レクさんって、意外とエスコートされるの慣れてないんですねぇ。絶対ナンパされそうなのに!」
「…………いままでは全部、断ってきたから」
「へぇー、なんでわたしはオーケーなんですか?」
――――デートするつもりで来たから、女の子なら誰でもよかった……とは言えるはずもなく。
なんとなく、なんて誤魔化すと、レヴィはぽんと手を叩いた。
「もしかしてレクさん、わたしみたいなのがタイプだったり?」
「……は? 違うし」
「えっへへ、そうだったんですかぁ!」
「マジで違うから」
「えー、照れなくてもいいのにぃ♡」
冗談のノリであるものの、レヴィは嬉しそうに桃色の髪をふわふわ揺らした。
こうして、レクセルは順調に罪を重ねていく。
「隣同士の席でお願いします!」
「かしこまりました。ご案内しますね」
スタッフに続いて、真っ暗な客席を歩いていく。
赤い光の懐中電灯で足元を照らしながら、スタッフは真ん中少し後ろのシートまで2人を案内した。
「――――こちらのお席へどうぞ」
「わぁ一番見やすいところ! ありがとうございますっ!」
「いえいえ、ごゆっくりお楽しみください」
レクセルも軽く頭を下げると、スタッフは微笑んで暗がりへと去っていった。
レクさん早く! とレヴィに急かされ、ふかふかのシートに身を沈める。ぱす、と空気が抜ける音。
レヴィは隣から身を乗り出してきた。
「えへへっ、楽しみですね♡」
「ん。――――映画館、よく来るの?」
「しょっちゅう来てますよ! このわくわくする空気が好きなんです。レクさんは?」
「私は…………あまり。誘われた時くらい」
前に行ったのは、ハレーがどうしても観たいって言った時だったな――――とレクセルは思い出す。
カフェで、お客さんたちが話してて!と仕事帰りのハレーが興奮気味に語ったのは青春ロマンスもの。
歳が近い若手俳優が出演していることもあり、ウッキウキなハレーに街外れの小さな映画館へ連れて行かれたのだった。
内容は……どんなのだったっけ。
帰り道にハレーが古本屋へ直行し、恋愛小説を山のように買って、まるで記憶を上書きするかのように毎晩毎晩読み漁ってたのは覚えている。
あまりいい出来じゃなかったのかも知れない。
今日の映画は果たして……と不安になってきて、レクセルはもぞもぞ体勢を変える。
レヴィはそんなレクセルを見て、察したように微笑んだ。
「――――じゃあ今日は、いっぱい楽しまないとですね! これだけ評判なんですもん、面白いに決まってます♡」
「……うん。確かに」
「あ、始まりますよっ!」
スクリーンへ目を向ける2人。
ちょうど前座のニュース映画が終わり、配給会社のロゴが映し出される。
しーんと客席が静まる中、〈アルマの休日〉が始まった。
「……これは名作です。いままで観た中で一番です。すごい、とっても、よかった」
さっきまでの甘い口調はどこへやら。
レヴィは涙を拭きながら、噛み締めるように呟く。
――――公務に縛られっぱなしの王女は、訪問先の街アルマで、自由になりたいと抜け出してしまう。
そこで出会った青年に淡い恋心を抱くも、青年は王女の身柄を狙うスパイであった。
身分や職業を偽ったまま、惹かれ合う2人。
やがて青年は彼女の正体に気付くが、仕事と恋の狭間で悩む。
一方、王女もアルマを離れる日が迫っていた。
そして別れの時。
逃避行の誘惑を振り切り、王女は責務へ戻る。
青年は秘密を胸にしまい込み、王女の出発を見送るのであった――――。
「はぁあ……これはリピート確定です、毎日でも観たいくらい。ですよねレクさ――――レクさん!?」
隣を覗き込んだレヴィが、ぎょっと飛びずさる。
レクセルは静かに座っていた。
座ったまま、だばだば涙を流していた。
襟元とかびっちょびちょだった。
「だ、大丈夫ですか……」
「…………ん、へいき。へいき――――ン゙ンッ」
「平気じゃないでしょお!? ハンカチ、ハンカチ!」
「ありがどぅ……」
まるで出血を止めるかのごとくハンカチを押し当てて、なんとか涙を止める。
くしくしと目元を拭い、レクセルはふーっと息を吐いた。
「――――あぁ。よかった。なんてお話だ……」
「……楽しめました?」
「当たり前だよ……ありがとうレヴィ。誘ってくれて」
「……えへ。やっと名前、呼んでくれた♡」
レヴィは嬉しそうに微笑んだ。
連れ立って映画館を出ると、夜風がぴりりと通り過ぎる。
騒がしい通りを歩きながら、出会った場所へ戻る。
どことなく、お開きの空気が流れていた。
「レクさん帰り道は? わたし、こっちなんですけれど……」
「私は向こう。反対方向だね」
「そうですかぁ……あのぅ」
胸元でぎゅっと手を握るレヴィ。
首を傾げるレクセルを、見上げて言った。
「明日も、会ってくれませんか……?」
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