フリーアナウンサー、VERYモデルとして活躍する青木裕子さん(Instagram: @yukoaoki_official)は、11歳と9歳の2人の男の子の母。2024年4月には、青木さんがお子さんたちと一緒に実践してきた「体験学習」の具体例や、小学校受験の大原先生による月々のアドバイスなどを掲載した、書籍『「学びが好きな子に育つ!」 青木裕子の3歳からの子育て歳時記』がまとまりました。
子育ての正解ってある? 教育ママじゃダメ? 子どもにとって“本当にいいこと”って? などなど、この連載では、青木さんが子育てをする上で日々感じているアレコレを、「子どもの教育」をテーマにしつつ徒然なるままに語っていただいています。今回は、息子さんの教科書から思わぬ親としての気づきを得た青木さんが、自分の子ども時代も振り返りながら、息子さんとの接し方で大切にしたいことを考えます。
「感覚」は学んで身に付くもの?
小学4年生の次男の算数の教科書に、見積もりという言葉が出てきて驚いた。
【680円のものと190円のものを買うのに1000円で足りるか考えましょう】の時は、【680円はおよそ700円、190円はおよそ200円と高めに見積もって考えても1000円以内で足りるのだから足りる】。逆に、【610円と430円ずつ持ち寄って1000円のものが買えるか考えましょう】だったら、【610円はおよそ600円、430円はおよそ400円と少なく見積もっても合わせて1000円以上になるから買える】というようなこと。
日常生活で当たり前にやっていることだけど、こんなことを算数の単元として習うということに驚いた。私が小学生のころにも習ったのだろうか。だとすると、私が今、感覚でやっている(と思っている)ことは学校の学習によって習得したということなのか。そもそも、これは、数字や計算がポイントではなくて、文章を読んで状況をつかむことができるかどうかだから、国語ではないのか。などなど、考えてしまった。そして、小学校の学習というのは、日常を生きていく力に直結するのだと妙に感心した。
息子たちを見ていて、「ひとりで大きくなったみたいな顔しちゃってさ!」なんて思うことがあるけれど、もしかしたら私が今、「そんなこと、感覚でわかるよね?」と思っていることは、小学生のころに教わって身につけたことなのかもしれない。私こそ、「自分には最初から備わっていた感覚だ」みたいな顔して「そんなこともわからないの?」って、思っていたのかも。感覚とか感性とかだと思っているものも、実はどこかで学んで身につけたことが多いのかもしれないなあ。
そう考えると、今私が苦手なことは、そういう性質だから仕方ないのではなくて、単に身につけ逃したことなのかもしれない。……ということは、もしかしてこれからでも身につけることができるの!?