動画が大反響!「普通の5歳児」が「サッカーの天才」になった理由
ビジャレアルの「教えない」指導
佐伯 夕利子
日本サッカー界の若きエース久保建英選手が所属していた、今季スペインリーグ上位に君臨する「ビジャレアル」。
欧州で最も堅実なカンテラ(育成組織)を持つクラブのひとつと評価され、世界中の指導者やスポーツ関係者が見学に訪れるという。
同クラブで長く育成に携わってきたのが、佐伯夕利子さん(現Jリーグ常勤理事)だ。佐伯さんは1992年に日本からスペインへ移住し、スペインで女性として初めて「プエルタ・ボニータ」というクラブの監督に就任。その後、ビジャレアルの女子チームの監督を務めるなど指導者としての経験を積んできた。
ビジャレアルは、なぜ世界から注目される育成組織を持ち得たのか。
その秘密を佐伯さんが書き下ろした『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(小学館新書)より、同クラブ特有の指導法について一部を紹介する。
「オープンクエスチョン」を使え
2020年2月。SNSに5歳児の練習動画をアップすると、日本の皆さんから大きな反響がありました。
「嫉妬するほどうまい」
「5歳でこれができるの? 保険証確認したい!」
「きちんと、ボールを止める、蹴る、ができている!」
「団子にならないでボールを回せている!」
「遠めのレシーバーが見えていて、縦パスが出せるなんて!」
動画は次々に拡散され「ビジャレアル5歳児の衝撃映像!」などとタイトルがつけられました。
しかし、いずれも指導者が教え込んだものではなく、子ども自身がシチュエーションのなかから探り当てた、彼ら流の判断なのだと理解しています。というのも、私たちは止まった状態で行うトレーニングを基本的によしとしません。流動的な練習メニューを用意します。
それをこなすうちに、スムーズにボールを受け、流れるようにパスをつなぐようになるのです。
遠めのレシーバーが見えているのも、そこに縦パスが出せるのも、視野の狭いこの年代の子たちに「見える領域」の幅を広げるための作業を、コーチが地道に行っているからでしょう。
「あそこに〇〇君がいるよ!」「右にパスを出して!」と一方的に答えを与えるのではなく、子どもたちに「気づき」を促すフィードバックを心がけます。
問いかけの基本ルールとして、YESかNOで済ますことのできる質問は避け、どうして? どのように? といった「オープンクエスチョン」をなるべく心がけ、相手が上手く表現できず答えに窮するような場合は、二択や三択のクイズにして誘導的な問いかけをします。
YESかNOの「クローズドクエスチョン」だと、質問者がすでに正解を用意しており、質問者が回答権を握っていることになるからです。
いずれにしても「回答者側に主導権」がある状況を常につくることで、問いに意味をもたせます。
ブログへのコメントのなかに「プロクラブの育成組織の子どもたちという点を差し引いても上手」といった意味のものがありましたが、さすがにこの年代でセレクションやスカウトはしていません。むしろ定員になるまで厳密に先着順で入団してもらいます。
人口5万人ほどのビジャレアルは、まちの端から端まで歩くと30分で着いてしまう規模のまちです。動画でプレーしていた5歳児は36人。そのうち26人がビジャレアル市内在住で、残り10名も車で30分圏内で通えるまちの子どもたちです。
スペインは3歳から幼児教育を受けます。彼らが参加してくれているのは「シコモトリシダッド(Psicomotricidad)教室」。日本の「体操教室」に近いものです。教えるのはフットボールのコーチですが、教室名に「フットボール」という単語はあえて入れません。
失敗できる環境を提供する
「フットボール教室」などとしない理由はビジャレアルというクラブが、3~5歳の幼児はひとつのスポーツに特化させることなく、将来彼らがあらゆるスポーツを幅広く楽しめる可能性を伸ばそうと考えているからです。
そのため、サイコモーター・アクティビティ(Psychomotor Activity=心理的効果)、コグニティブ・デベロップメント(Cognitive development=認知発達)、モーター・デベロップメント(Motor development=運動技能)といった点から、メニューを考案しています。
軸になるのは、まずは子どもたちに「体を動かすことは楽しい!」と感じてもらうこと。そのために心地よい雰囲気と環境を丁寧につくり上げること。子どもの「楽しい」は、理屈よりもエモーショナルな「心地よい」に関連づけされることが多いからです。
なおかつ、遊びを通して「運動するために必要なさまざまな機能を調整する力」に働きかけるエクササイズの構築を心がけます。アジリティ(機敏性)、コーディネーション(筋肉の協同性)や巧緻(こうち)性といわれるものです。
運動メニューや指導は、彼らの脳(中枢神経系)に働きかけながら、関節や筋肉の動きとして実行されるまでの処理や伝達に気を配ったもの。受け取った感覚情報がどのように知覚・認知され運動に結びつくのかを追求しています。
指示がなくても団子にならない理由
認知に関するアプローチでいうと、例えばフットボールの「団子になる」現象がありますが、子どもたちが団子にならないよう指導者が何らかの指示を出すことは一切ありません。ついつい指示を出したくなる衝動と常に戦っています。
ところが、ビジャレアルの5歳児は団子になりません。なぜなのか? 私たちが普段行っているのは、以下のようなアプローチです。
2)「団子になる」ことで得る子どもたちの「気づき」をスルーせず、あえてそこに留まり、彼らと対話する。
「団子になっちゃうとボールがもらえないねえ」
「みんなボールを触れたかな」
3)3歳児には3歳児、4歳児には4歳児、5歳児には5歳児なりの「気づき」があるもの。彼らに「問いかける」ことで、彼らの「見ている景色」を知り、そこに一緒に立ってみる。
「どうしたらパスがもらえる?」「どうすればパスできるかな?」と問いかける。
2014年の指導改革スタート前は、団子にならないようにと、カラーマーカーをセッティングし、一人ひとりの子どもをそれぞれのポジションに立たせるなどしました。振り返ると、なんと未熟な指導だったのかと恥ずかしく思いますが、前出の3つのアプローチを軸とした改革を経て、少しずつ進化しています。
「失敗できる環境を提供することこそが、選手にとっての学びのチャンスとなる」
そのような理解にたどり着きました。指導者の一方的な教え込みや、細かな修正、ティーチングはNG。選手が心地よく学べて、失敗しても責められない環境を目指すことにしました。
よくよく考えると、時代は変わり、環境は変化します。であれば、私たち指導者の成功体験は通用しなくなります。ビジネスも教育も同様にパラダイムシフトしなくてはいけません。
選手自ら考え、行動する文化はあるか
指導現場のハラスメントがニュースになる日本のスポーツ界は、パラダイムシフトができず苦しんでいるように見えます。
他競技の指導者仲間である守屋志保さんは大学教授。日本バスケットボール協会理事でもあります。彼女はここ10年近く毎年のようにスペインにコーチングの勉強に来ています。
その守屋さんがこう話してくれました。
「日本(のスポーツ界)には、一生懸命に頑張る文化はあるけれど、選手が自ら考えて行動する文化がなさすぎる」
残念ながら、選手たちには自分で思考する習慣がないようです。私も帰国した際、主にサッカーの指導現場を視察していますが、守屋さんの意見に同感です。とはいえ、自ら考えて動けないのはスポーツ選手に限りません。日本の教育の問題だと感じます。
アスリートが育つのは、学校の教室からだと考えます。教室で行われていることが、彼らの人格が形成されていく過程でとても大きな影響を与えています。
スペインで指導者の道を歩み始めて驚いたのは、子どもたちがこちらの発言に対して必ず何か返してくることです。
「なぜ右の子に出さなかったの?」
小学生に尋ねると、「パス出そうとしたら(右サイドにいた)その子は止まっちゃったの。僕は相手の選手が来たから、遮られたと思ってこっちに出したんだよ」と自分なりに説明してくれました。それが正解かどうかは置いておいたとしても、きちんと自分の意見を言う文化が根差していると感じました。
大人たちも、人から言われたことを鵜呑みにはしません。教育が違うのでしょう。
例えば、ロッカールームで問いを投げると、日本の子どもで自分から発言するのはごく少数です。教室では先生から質問されて、恐る恐る挙手し、名前を呼ばれて初めて発言権を与えられる文化だからでしょうか。
社会もスポーツも大切なのは「教育」
スペインの教育現場は、先生が問いを投げ終わる前に「それはね、こうだと思う」とみんな一斉に答えを言い始めます。間違っていたらどうしようと逡巡する子はいません。
先生は笑顔で「ちょっと待って」と子どもたちを落ち着かせてから、「じゃあ、ルイス君」などと当てます。コミュニケーションのありようがまったく違います。
スペインも以前は、命令されて従うような文化があったようです。独裁政権で苦しんだ歴史を経て、民主化が進み、かなりのスピードで市民のなかに自由の解釈、多様化が進みました。自由が都合よく解釈される部分や、秩序、倫理の不安定さはあるものの、子どもたちが発言を許される空間や、発言することを恐れない文化は定着しているようです。
対する日本は、頑張るし真面目だけれど、子どもたちに自分で思考する習慣がありません。意見しても受け止めてもらえなかったり、リスペクトしてもらえない。大人がもっている答えがすべてという文化です。私も日本の高校に通ったのでよくわかります。振り返ると、考えることをやめてしまっていたなと思います。
自分で考え、主張できる文化へと変わらない限り、サッカーの練習に来た子どもに「自分で考えろ」と命じてもハードルが高いでしょう。学校の教室が変わらなければ、根本的なことは変わらない。スポーツも社会も、その基盤は教育なのです。
クリエイティブで主体的に考え、エラーを繰り返しながらトライをし続けるような思考回路を持ったアスリートは生まれにくいでしょう。
日本のスポーツやビジネスで、新しいリーダーシップや方法を選択する人は、人材育成で苦労しているのではと想像します。
選手や部下の性格や能力は変えられません。この状況にアジャストするには、指導者や上司が自分を変え、彼らが成長できる環境をつくること。彼らに自分で考える癖をつけてもらわなくてはいけません。そのひとつの方法として、問いを投げることを意識してみてください。
構成/島沢優子
1973年、テヘランに生まれる。2003年、スペインサッカー界では女性として初めて男子リーグ「プエルタ・ボニータ」(スペイン3部リーグ)の監督に就任。その傍ら、現地サッカー専門誌等にコラム寄稿、また地元テレビ局の試合実況解説も務める。
2004年から2年間はアトレティコ・マドリッド女子チーム監督やスカウティングスタッフ・普及育成副部長等を務め、リーグ優勝に貢献。2007年、バレンシアCFと契約、チーム育成の中枢を担う強化執行部のセクレタリーとして活躍。スペイン国王杯優勝にも大きく貢献。その実績を高く評価され、『ニューズウィーク日本版』で『世界が認めた日本人女性100人』にノミネートされる。
2008年、ビジャレアルCFと契約、育成部に所属。トップチーム以下の全てのカテゴリーを育成強化し、将来のスペイン代表を育てる重要なポストを務めた後、2009年8月にはユースAチームのコーチングスタッフアシスタントとして、現場に復帰。2010年からはビジャレアルレディースチームの監督に就任するなど、前季リーグ5位のクラブをけん引している。2020年3月からJリーグ常勤理事。最新著書が『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(小学館新書)。
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